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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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昭和54年(1979年)3月25日、サザンオールスターズの3rdシングル「いとしのエリー」発売・・・この三枚目のシングルとして、それまでとは路線の異なる名バラード曲を出したことがやがて国民的バンドと称されることにつながったのだろう・・・いとしのエリーのイントロの二重否定構文の英語歌詞がいいですね

今日は、令和6年(2024年)3月25日 月曜日

今から45年前の今日の昭和54年(1979年)
3月25日(日曜日)、
サザンオールスターズの3rd(サード)シングルでかつ
サザンの名曲中の名曲となった
いとしのエリーが発売された日である。

♪~Ah- You should go back.
  You don't have to sigh
  ain't nobody to disturb you

 泣かした事もある 冷たくしてもなお
 よりそう気持があればいいのさ
 俺にしてみりゃ これで最後の lady
 エリー my love so sweet~♪


発売当初
いとしのエリーの冒頭から、この曲を耳にして
衝撃を受けた方々が多くいたとされる。
なぜなら、それまでのサザンオールスターズへの
印象・イメージを一変させるバラードの曲調
だったからである。


サザンオールスターズは
いとしのエリーが発売される前年の
昭和53年(1978年)6月25日
「勝手にシンドバッド」でデビュー、
そのサンバ調の曲調、
そして、彼らの振る舞いが
衝撃的であり、かつ、コミカルだったので
コミックバンドのような扱いをうけていて、
「一発屋」という印象も世間から抱かれたりも
していた。

当時のザ・ドリフターズの
いかりや長介さんからドリフターズに誘われたという
噂が出るほどであり、


そして、
昭和53年(1978年)11月25日に
発売されたセカンドシングル「気分しだいで責めないで」も
ラテンロックの曲調で、「勝手にシンドバッド」と類似した
アップテンポの曲調であった。

そして、当時は3曲目までは、同じ曲調の曲の
シングルレコードを発売するのがセオリーと考えられていて、
実際に、3曲目のシングルは結果的に4曲目のシングルとなる
「思い過ごしの恋のうち」というこれもアップテンポな曲
考えられていたが、そうではなく
桑田佳祐さんらサザンオールスターズのメンバーは
3曲目はバラード調のこの「いとりのエリー」で行きたいと
強く願ったのだ。

そのように強く願った背景は2曲目の
「気分しだいで責めないで」が発売された時期から
うかがえることがある

当時の歌番組であったザ・ベストテンに
「気分しだいで責めないで」を歌うため
ザ・ベストテンに出演した時
この曲を歌いながら
桑田佳祐さんは「ノイローゼ!ノイローゼ!!」と絶叫していたようで、
その理由は、「気分しだいで責めないで」の5か月前に発売された
デビューシングルの「勝手にシンドバット」がヒットして、
予想外に多忙となり、思うように曲作りもできず、
テレビ出演をしながらレコーディングをして疲労困憊の
状況になっていた。
この「気分しだいで責めないで」は
事務所からの要請というか半ば強制的な感じで
「勝手にシンドバット」と同じ路線で曲を作れという
ことで、桑田さんにとっては、苦い思い出の曲で
発売から10年以上ライブで
「気分しだいで責めないで」を演奏してこなかった
ぐらいであった。

サザンオールスターズとしては
敬愛するビートルズが作り出した
ロックバラードを作りたいと考えて
いたのだろう。
その様子が、桑田佳祐さんの著書

「ただの歌詞じゃえいかこんなもん」の
P50~51に、2枚目「気分しだいで責めないで」
からいとしのエリーが出来ていく背景が
次のように述べられている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな中で、いよいよ芸能人としての二枚目のシングルだから
どうしたって『勝手にシンドバット』の線をねらって作らざるを得ない。
無論やりたくなかったけどね。
 だから『気分しだいで責めないで』がヒットした次、
三枚目のシングル『いとしのエリー』の時には、
もう開き直っちゃった。よし、ビートルズを思い出そう、って
ことになった。彼らが映画『Let It Be』の中で
一生懸命セッションをしている、ああいう音楽ができたら
いいねっ、てね。

(中略)

そしたらメンバーもカリカリしてる状態からフワッと緊張が解けた。
そうなってやっと、ヤマハのスタジオで『いとしのエリー』が
でき上って、この曲なら自分達でも許せる、と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうして出来上がった「いとしのエリー」が3曲目のシングルの候補に
上がった。サザンオールスターズの所属する
レコード会社のビクターとしては、
「方向性が定着してきた時期に、バラードは時期尚早」と反対したが、
サザンが所属するプロダクション「アミューズ」の当時社長である
大里洋吉さんが「売ろうではなく、冒険してみよう」との一声で
サザンオールスターズの3rd(サード)シングルとして
「いとしのエリー」が発売されることとなった。

発売前の昭和54年(1979年)2月20日
日本武道館で行われた、FM東京(当時)
『小室等の音楽夜話』の放送1000回記念コンサートで
「いとしのエリー」が公に初めて披露されたが、
それまでのサザンとは違う音楽で、
「勝手にシンドバット」のようなアップテンポの曲を期待
していたのだろうか反応はいまいちであったようだ。

そして、昭和54年(1979年)3月25日に
サザンオールスターズの
3rd(サード)シングルとして「いとしのエリー」が
発売された。

初めからヒットしたわけではなく、
発売から1回目のオリコンのランキングでは20位に届かず
その翌週になって、13位になった。

ただ、少しずつ売れ始め順位は
13位→9位→9位→6位→5位→5位→3位
と上がっていく、
そして、6月4日付のいとしのエリーでの
オリコンランキングとしては
最高位となる2位となった。

また、当時のランキング歌番組であった
ザ・ベストテンでは6月7日放送で1位を獲得
その後、7月19日放送まで7週連続1位となる。

いとしのエリーは大ヒットして、
この年の大みそかには
サザンオールスターズとして、
初めて、NHKの紅白歌合戦出場を果たす。

昭和48年(1973年)生まれの私が初めて
いとしのエリーを聴いたのは
中学1年生の冬のころのおそらく
昭和62年(1987年)の1月から3月の間だった可能性がある。

和歌山県御坊市に住んでいた私は
和歌山放送の日曜午後のラジオ番組
「ふれあい電リクふるさと縦断」という
番組だったように思う。

中学1年生の時に、サザンオールスターズは
原由子さんの産休で休業中で、
桑田佳祐さんはKUWATA BANDを率いていて
そのKUWATA BANDを聴きだしてから
サザンオールスターズの曲に興味を持ちだしたころで
「ふれあい電リクふるさと縦断」で
いとしのエリーが放送された時、
記憶違いかもしれないが、寒い日で
雪やみぞれが降るような日だったのはないか。

和歌山の昭和62年の1月から3月ごろに
かけての過去の気象データを気象庁のページで
確認すると、同年の1月から3月にかけて
天気概況で日曜日に雪と表示されているのは
1月25日だけである。

可能性としては、1月25日となる。

いとしのエリーの歌詞には

♪~みぞれまじりの心なら~♪

という歌詞があり、それゆえに雪が舞う日に
リクエストがあったりして、放送されたかもしれない。


それにしてもこの曲の歌詞で

♪~みぞれまじりの心なら~♪

と同じパートの部分で

♪~誘い涙の日が落ちる~♪

♪~泣かせ文句のその後じゃ~♪

と、印象に残る独特の表現がされている。

「誘い涙」も「泣かせ文句」も「涙」が共通していて、
そして、「みぞれまじり」は「涙」ではないが、
「涙」も「みぞれ」も「水」が主な成分であり、

涙やみぞれから湿っぽさを感じるが、
湿っぽさというよりは
潤って静かに落ち着いている意味合いでの
「しっとりさ」という感じがする。

そう思ってしまうのは、
いとしのエリーが創られたころの
桑田佳祐・原由子夫妻が結婚前の交際していた時の
エピソードゆえによりそう思ってしまう。

いとしのエリーができる直前の
昭和54年(1979年)1月
桑田佳祐さんは交際していた原由子さんに

「好きな人が出来ちゃったんだ」と別れ話を切り出して、
お互いに泣き、最後は握手をしてわかれたが
翌朝には、桑田佳祐さんは交際していた原由子さんに
「結婚しよう」とプロポーズをしてきたという。

それから数日後に完成したのが「いとしのエリー」であった。

デビュー後の多忙さと思い通りにではないことなどの
不安定さが
桑田佳祐さんと原由子さんの関係にも影響を与え不安定に
なったが、最後は「結婚しよう」と意思を固めた。

そのようなエピソードを知ると

♪~みぞれまじりの心なら~♪

♪~誘い涙の日が落ちる~♪

♪~泣かせ文句のその後じゃ~♪

という歌詞からは
潤って静かに落ち着いている意味合いでの
「しっとりさ」という感じるのである。

そして、
「いとしのエリー」の歌詞で印象に残るところは
イントロの二重否定表現が使用される
英語の歌詞である。

♪~Ah- You should go back. (戻っておいで)
  You don't have to sigh  (ため息なんかつかなくてもいい)
  ain't nobody to disturb you (誰も君を不安にさせないから)
  ~♪


ain'tは
ain't は am not、aren't、isn't、hasn't、haven'tの省略した表現で
「そうではない」という意味あいで使われる
その否定形の表現に続いて、誰も~でないを意味する「nobody」を
用いて、二重否定の構文の英語の歌詞が
静かにコーラスされて始まる。

このイントロの静かなコーラスを英語の歌詞を読むと
いとしのエリーが生まれる過程での
桑田佳祐さんと原由子さんの別れ話の翌朝に
結婚のプロポーズをするエピソードを彷彿とさせる。

サビの歌詞の部分で

♪~映ってもっと baby
  すてきに in your sight~♪


とあるが、「sight」には視野や視界という意味があるが

「君の視野に素敵に映って」は
つまり「君の瞳に素敵に映って」となる。

この歌詞について、桑田さんは

「自分の見た目は並み以上ではなくブサイクだけど、恋人の君の瞳には素敵に
かっこよく映っていたい」という主旨のことを語っていたようである。

瞳という言葉の語源は
相手の目の角膜に自分の姿が映って
あたかも、相手の角膜に小さな人を見ていることを
意味する「人見」に由来するとされるが、
まさに、

♪~映ってもっと baby
  すてきに in your sight~♪


は「瞳」の語源そのものを述べるが如くの歌詞である。


サザンオールスターズは
3rd(サード)シングルの
「いとしのエリー」の大ヒットにより
それまでのコミックバンドの色物扱いのような
バンドから評価が一変した。

このいとしのエリーが発表された直後から
この曲を高く評価していたのが


当時既に人気ミュージシャンとなっていたフォークシンガーの
南こうせつさんである。

南こうせつさんは「いとしのエリー」を聴いて

「この人たちはいずれすごいグループになるかもしれない」と語ったそうだが、
まさしく、サザンオールスターズはデビューから
45年経っても第一線で売れ続け、若い世代も含め幅広い世代に認知され、
国民的バンドと称されるようになった。

そのサザンオールスターズが
45年経っても第一線で売れ続け
やがて、国民的バンドと称されるようになった
その礎はこの3rd(サード)シングルの
「いとしのエリー」でサザンオールスターズの
評価が一変したことにあると言っても良いと
思う。

そう思うと、桑田さんたちをはじめ
サザンオールスターズのメンバーが
3rdシングルをそれまでのシングルと異なる路線の
曲を出すことに情熱を抱き、レコード会社からは
反対されたが、
「アミューズ」の当時社長である
大里洋吉さんが「売ろうではなく、冒険してみよう」と
ゴーサインを出した
この大里洋吉さん決断が
サザンオールスターズにとっても
日本の音楽業界にとっても大きな意味をもったと
言えるかもしれない。

さて、YouTubeで
サザンオールスターズのライブで いとしのエリーが
演じられている様子の動画のページに
このようなコメントがある。

:::::::::::::::::

いとしのエリー erinan8087 私の名前をえりと名付けました c


@erinan8087

この名曲を聴いた父が、私の名前を
えりと名付けました。
こんな愛される曲の名前でとても幸せだなと思います。

:::::::::::::::::


このように親世代から子世代に
聴き継がれる名曲であるいとしのエリーを生み出した
ことが、サザンオールスターズが
国民的バンドと称されることにつながったことを
うかがわせるものである。

名前の由来が「いとしのエリー」のコメントがある
動画のリンクです。

サザンオールスターズ - いとしのエリー [Live at サザンオールスターズ キックオフライブ 2018 「ちょっとエッチなラララのおじさん」, 2018]
https://www.youtube.com/watch?v=htMGeeLObNM



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平成20年(2008年)6月25日の記事
1978年6月25日 サザンオールスターズ衝撃デビュー ~ 日本語ロックのパイオニア・・・英語ベースのロックと日本語の矛盾のなかで・・・・

令和5年(2023年)11月25日の記事
♪~夢からさめないで そのまま気まま~♪・・・45年前の今日の昭和53年(1978年)11月25日(土曜日)、サザンオールスターズのセカンドシングル「気分しだいで責めないで」が発売される・・・桑田さんにとって、ノイローゼな気分な時期に作曲された曲も愛しの曲になったという

平成19年(2007年)1月26日の記事
TSUNAMI ~風に戸惑う 弱気な僕~

他のサザン関連の曲について書いた記事へのリンク集のページです
お気に入りのうた サザンオールスターズ・桑田佳祐の目次 

瞳の語源について
瞳~相手の目を突き通るように見つめれば、瞳の中に人が見える


言霊・楽習社(がくしゅうしゃ)ブログの目次ページ
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テーマ:サザンオールスターズ - ジャンル:音楽


♪~~Sunshine  遥かなる大地 明日へと続く道 ~♪ 白夜のアイスランドで生み出されたGLAYの名曲「春を愛する人」を25年前の今日の平成11年(1999年)3月2日に新幹線の車内放送ラジオで耳にしたことを思い出す

今日は、令和6年(2024年)3月2日 土曜日

今から25年前の今日の
平成11年(1999年)3月2日(火曜日)の午後、
安全衛生活動の専門家にヒヤリハット活動に関する
インタビュー取材を
待ち合わせ場所の
JR東海の静岡駅前前のホテルアソシアに向かうため
職場のある京都市のJR京都駅から
東海道新幹線に乗った。

その新幹線の車内でラジオ放送がなされていて、
当時私が持っていた
パナソニックのポータブルカセットプレイヤーでまたラジオ機能がある
「Shock Wave」で、

Shock Wave 青 DSC07795

Shock Waveの画像は
mixtapetroopersのブログ
素晴らしき「Shock Wave」の世界
より

で、耳にしていると。

♪~Sunshine  遥かなる大地 明日へと続く道
Moonlight 産まれては消える流星を見上げた
ただ訪れる春の花の芽の息吹に似た I want you
「生きてく事は 愛する事 愛される事」と ~♪


GLAYの「春を愛する人」が聞こえてきた。

この「春を愛する人」は、
平成8年(1996年)11月18日に発売された
アルバム『BELOVED』の9曲目に収録されていた。

この曲を作詞作曲したのはGLAYのTAKUROさんである。

この曲の頭出しの

♪~Sunshine  遥かなる大地 明日へと続く道~♪

ここからグッと惹きつけられる。

さて、この曲の歌詞で、印象に強く残るのが

♪~安物の「永遠」なんて そこら中に溢れてる ~♪

のところである。

TAKUROさんは何をもって
安物の「永遠」と考えたのかわからないが、

一時的な流行りですぐに廃れてしまようなもの
口先だけで実態のともなっていないもの

もしかしたら、永遠の愛を誓っても
実際にはそうらないことが多いなど

いろいろなことを想像してしまう
表現である。

この曲の歌詞で

♪~My love あたりまえの愛 あたりまえの幸せを
ずっと捜し続けても つかめないもんだね~♪


この歌詞から
「安物の「永遠」なんて そこら中に溢れてる」という
表現が出てきているのかもしれない。

この曲の中で音のパートが異なる部分があり
その部分の歌詞は

♪~遠い異国の空、Ah その昔 ここに辿り着き 
この地に何を見た? 旅人~♪


とある。

この曲は、TAKUROさんが
北極圏に近いアイスランドを訪れた時に、
現地の人たちが凍りつく厳冬を乗り越え
春を待つ姿に感じるのものがあり
生み出された曲である。

まさに、極東の日本から遠い大西洋の
北極圏に近い異国の地を訪れた旅人が
生み出した曲ということを感じさせる歌詞である。

さて、この曲の名は「春を愛する人」で、歌詞に


♪~ただ訪れる春の花の芽の息吹に似た~♪

と春のことについてふれているが、春だけではなく

♪~Ah 終わらない夏を 今も胸にしまってる ~♪

♪~Ah 切なくて秋の 散り行く街路樹を背に ~♪

♪~Ah やがて来る冬の 肌を刺す 風の中で ~♪

と、春夏秋冬の四季を巡っていく。

♪~ Ah やがて来る冬の 肌を刺す 風の中で I want you
確かな鼓動 はばたく時を 待ちわびている~♪


と 凍りつく厳冬のなか羽ばたくときを待ちわびて、

冬の歌詞から、最後にまた冒頭の春のパートの

♪~Sunshine  遥かなる大地 明日へと続く道
Moonlight 産まれては消える流星を見上げた
ただ訪れる春の花の芽の息吹に似た I want you
「生きてく事は 愛する事 愛される事」と ~♪


この展開から
太陽の光を受けた大地に芽生える春の花が
あたかも未来に向かって愛を交わす生命力というものを
想像したりする。

アイルランド訪問時に
この曲を作詞作曲したのはGLAYのTAKUROさんが
この曲について、平成28年(2016年)のFM東京の
番組で次のような感想を述べている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TAKURO「そこで生まれた曲は今でも愛されていて、”歌が生まれる瞬間は
こうであるといいな”という、自分の指針になったかな。
”こういうような歌を、たくさん作っていけたらな”っていうのかな、
自分の気持ちと誰かの気持ちがシンクロして、そこに様々な土地土地の
要素が相まって生まれてくる。これが、”いま一番自分がやりたかった
ことかもしれない”そういう感触を得られた曲ですね」

TOKYO FM『SEIKO ASTRON presents World Cruise』
「白夜のアイスランドで生まれた曲」:GLAY・TAKURO2016/12/17 
より


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TAKUROさんが
白夜のアイスランドで生み出した曲は
私が平成11年(1999年)3月2日に新幹線の
車内放送ラジオで耳にして、その25年前のことを
今も記憶に残して、このようにブログに書きたいなと
思わせる私にとっても名曲である

YouTube
春を愛する人
https://www.youtube.com/watch?v=CH931oKQlNQ



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春を愛する人を新幹線の車内ラジオを聴くときに使った
パナソニックのポータブルカセットプレイヤーでまたラジオ機能がある
「Shock Wave」が出てくる私にとっての別の記憶の出来事の記事

平成9年(1997年)1月22日の大寒波、大阪でマイナス3.8℃、神戸でマイナス4.9℃、24年後経ったこの日までこの気温を下回る日はないほどの大寒波!ちなみにこの大寒波である名曲を思い出す


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テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


バレンタインデーの定番曲たる「バレンタイン・キッス」は、もともとバレンタインの曲ではなかった!!・・・この曲のBメロの最後の部分がこの曲の肝であり、サビの最後の歌詞表現「恋の記念日」はこの曲を強く記憶に残る名曲にした

今日は、令和6年(2024年)2月14日 水曜日

3日前の日曜日に、
西宮ガーデンズ1階のフェスティバルガーデン近く
南モールにあるスイスのチョコレート会社である
Lindt(リンツ)で、その看板商品ともされる
LINDOR(リンドール)のチョコが

「とろけだす、しあわせ あなたと大切な人に」を

コンセプトにバレンタインコレクションとして
売り出されていた光景に遭遇した。

LINDOR バレンタインコレクション Screenshot_2024-02-11-10-44-05-06

バレンタインと言えば
国生さゆりwithおニャン子クラブ バレンタイン キッス000003256

♪~バレンタインデー・キッス リボンをかけて…
シャラララ素敵にキッス シャラララ素敵に~♪


国生さゆりwithおニャン子クラブ バレンタイン キッス000058362

と、バレンタインデーの定番曲とも言える
「バレンタイン・キッス」が
脳内のジュークボックスから
再生されてしまう。

バレンタイン・キッスは
昭和61年(1986年)2月1日に
CBSソニーから
国生さゆりwithおニャン子クラブ名義で発売された。

当時、小学生6年生であった私は
帰宅後の17時には「夕やけニャンニャン」を見ていたが
昭和61年(1986年)1月13日月曜日、
この週最初の「夕やけニャンニャン」のそのオープニングに
おニャン子クラブのメンバーである
国生さゆりさんのソロデビュー曲「バレンタイン・キッス」が
初公開され、

♪~シャラララ素敵にキッス シャラララ素顔にキッス
シャラララ素敵にキッス シャラララ素直にキッス~♪


と、国生さゆりwithおニャン子クラブで歌いだされる
場面から始まって、毎日、この曲がテレビから流れてきて
強く印象に残った。

それ以来、毎日、発売日、バレンタインデーへと「夕やけニャンニャン」で
「バレンタイン・キッス」がOn Air される。「夕やけニャンニャン」は
当時平均視聴率が10%の番組で、影響力は大きかった。

2月1日発売後、オリコンでは初登場第2位を獲得、2月14日以後も
「ザ・ベストテン」などの人気歌番組にもランキングされ続けて出演して
歌うなどこの曲の人気は持続
この年の6月末までに55万枚のヒットとなり
この年の第1回 日本ゴールドディスク大賞の
The Best Single Of The Year 受賞した。

この「バレンタイン・キッス」は
バレンタインデーの定番曲となった。

さて、バレンタインデーの定番曲を作詞したのが超有名な
秋元康氏であるが、
作曲を担当したのは瀬井広明氏であるが、
この曲はもともとは

「バレンタイン・キッス」という曲名ではなく

「I love my daddy」

という曲名で、歌詞はお父さんに向けての歌だったという。

それはいったいどういうことか。

当時、瀬井広明氏は
アイドルグループ「ストロベリー」のメンバーであった。

瀬井広明氏はこの「ストロベリー」の楽曲として
使用するつもりで、作曲をしたのであった。

その作曲したデモテープを
当時のCBSソニー(現在のSME)に持ち込んだ。
その曲は担当者の目に留まり、
瀬井広明氏はこの「ストロベリー」の楽曲として発売したいと
主張したのだが、
担当者から「曲だけ欲しい」と言われてしまったというのだ。

さて、その時の状況について
「ストロベリー」のメンバーであった
sayuminさんのブログ

sayumin-styleのブログの
2016年2月11日の記事
「バレンタインデー キッス(裏話)」
に次のように
記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

国生さゆりさんの「バレンタイン キッス」

実はこの曲 私が歌うはずだったんですっ

と言っても もし歌っていても歌詞は全く違うけどね~~
この曲の作曲者 瀬井広明氏は 私が歌手の時のメンバーで 
この曲を「ストロベリー」の為に描いてくれたの。
歌詞はお父さんに向けての歌
  「I love my daddy」

でも 新人の私達がオリジナルなんて~~と社長(第1プロ)に却下され、
お蔵入りになってしまった曲なんです。
実は私も当時はあまり知らなかった?
で、良い曲なので リキマル(瀬井広明氏)の知らない所で 
スタッフ~~の力により、回り回って秋元康氏の手に渡り 
 「バレンタイン?キッス」
として生まれ変わったそうです?

リキマルのとこにファックスで
「あの曲、国生さゆりさんが歌う事になりました。」 と
スタッフ~~からきた時、まだ国生さんが名が知られる前だったので リキマルは
 「くになま??くになまって誰だ?」
って思ったらしい(あはは 笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、
 
瀬井広明氏は

「くになま??くになまって誰だ?」

というほど、国生さゆりさんを知らんかったようだが、
彼女が歌う曲に、おニャン子クラブの曲を作詞してきた
秋元康氏が作詞をしたのである。

バレンタイン キッスの
頭出しの

♪~シャラララ素敵にキッス シャラララ素顔にキッス~♪

サビの

♪~バレンタインデー・キッス バレンタインデー・キッス~♪

瀬井広明氏が作曲のメロディの良さに
秋元康氏が詞を載せたのだが、

同じ言葉の繰り返しで、キャッチ―さを感じて、
歌い易く、つい鼻歌で歌ってしまいそうな曲である。

ところで、秋元康氏は国生さゆりさんについて
次のように分析していて、それが掲載されている
記事を引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈もうすぐバレンタインデー〉国生さゆり「バレンタイン・キッス」が34年の大定番になったのには理由がある
宝泉薫氏 執筆
AERA dot 2024/02/10/ 11:00


まず、作詞者の秋元康はこんな分析をしている。

「彼女はそんなに歌が上手い方ではありませんでしたので、
何かムーブメントと一緒に売り出さないと売れないなと思い、
バレンタインデー用に書き下ろしました。(略)
彼女の歌のあまり上手くないところが逆に効を奏して
“バレンタインデー・キッス”という部分の、
少々音をハズした不安定な感じがこの曲をヒットに
導いたと言えます。
アイドルの曲は通常、仮歌を入れる段階では音楽大学を
出たおねえさんが譜面通りに歌ってくれるのですが、
それをそのまま歌っても面白くない。
つまり、彼女のあの不安定さがアイドルらしい
“味”を出したと言えるんじゃないでしょうか」

 02年に作詞活動20周年を記念して編まれたベスト盤
「秋元流」の歌詞カードに記された彼自身のコメントだ。

(中略)

そのどこか懐かしくて親しみの持てるメロディーは、
国生のたどたどしいボーカルやいい意味で野暮ったいキャラとも
見事にハマった。これに目をつけた秋元とそのスタッフたちは
慧眼というほかない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

瀬井広明氏が生み出したメロディ、
秋元康氏が編み出したキャッチ―な詞、
国生さんのたどたどしい歌い方が
この曲をバレンタインの定番曲にしたということだろうか?

さて、久々に
バレンタイン・キッスを聴いてみると

特に、Bメロ

♪~甘い 甘い 恋のチョコレート
あなたにあげてみても 目立ちはしないから
私ちょっと最後の手段で決めちゃう~♪


このBメロが
この曲の肝になっているように
感じた。

このBメロの中でも
サビに入る直前のBメロの最後の部分

♪~私ちょっと最後の手段で決めちゃう~♪

このフレーズの部分が含まれている楽譜の音符を
見てみると

バレンタイン キッス 楽譜 Bメロ

それまでとは違って、同じ音階だが
1小節の中に圧縮されて、テンポがこのこだけ
急にアップしている。

この部分が盛り上がって、サビに転じる。

特に特にこれが、
この曲の肝だと感じるのである。

瀬井広明氏の作曲の素晴らしさを改めて
認識できた。

秋元康氏の作詞で思うに
サビの歌詞である。

サビは3回あるが、
サビの最後の表現が3回とも異なっている。


1回目は

♪~バレンタインデー・キッス リボンをかけて~♪


2回目は

♪~バレンタインデー・キッス 大人の味ね~♪

その3回目のサビの最後で

♪~バレンタインデー・キッス 恋の記念日~♪

と「恋の記念日」という表現を持ってきて、
この曲の歌詞を締め上げていて、
強く印象に残している。

私はこの曲の歌詞はあまり覚えていないが、

♪~ 恋の記念日~♪

は強く記憶に残ったのであった。

昭和末期の昭和61年(1986年)に
発売されたバレンタイン キッスは

バレンタインデーを代表する曲となり

平成に元号が変わり、21世紀になっても
歌い継がれて、
平成23年(2011年)2月2日
AKB48の派生ユニット・渡り廊下走り隊7が
バレンタイン キッスをカバーして、
これも原曲と同じくオリコン2位であった。

さて、この渡り廊下走り隊7と国生さゆりさんの
コラボが
平成23年(2011年)2月14日放送の
『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP 今夜限定!!
女だらけの豪華バレンタインSP』で
実現している。

Sayuri Kokushou with Watariroukahasiritai7 Valentine Kiss000097847

Sayuri Kokushou with Watariroukahasiritai7 Valentine Kiss000145417

Sayuri Kokushou with Watariroukahasiritai7 Valentine Kiss000148620

そして、元号が令和になり、
21世紀が20年以上過ぎ、
発売から35年以上経っても
バレンタイン キッスはバレンタインの代表曲として
認知されていて、

今月の8日に、
フジテレビ系列で放送された『私のバカせまい史』で、番組が調査にて、
昨年までの「フジテレビでバレンタイン(1月15日から2月14日)に
かけられた曲ランキング」で、
平成13年(2001年)以降、そして令和の現在も
バレンタイン キッスが1位である。

フジテレビでバレンタインにかけられた曲ランキング GF0HlRBbgAA1IiW

フジテレビ『私のバカせまい史』公式X(旧Twitter)より

さて、紹介した当初、この曲を違ったタイトルで
歌うことにされていたsayuminさん

先に紹介した
sayumin-styleのブログの
2016年2月11日の記事
「バレンタインデー キッス(裏話)」
では、

こう綴ら得ている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

色んなとこで「バレンタイン キッス」を聴く度、
ちょっと複雑な気持ちになるのは私だけでしょう??
リキマルにとっては 無名の私達(ストロベリー)が歌うより、
メディアに愛される代表曲になれたのは良かったと思います
現に耳に残る 歌詞も素敵な曲だと思う

今も瀬井広明氏として 作曲家で頑張ってます
池袋(東口)で bar「FIVE」を経営していて、
定期的にliveも開催してるよ。
でも、リキは絶対歌わないけど
そして、お願いすると もれなく「バレンタイン キッス」の
原曲デモテープを聴かせてもらえるよん\(^o^)/
未だに仲良しのストロベリーメンバー
Sayumin の人生の誇らしい1ページです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

sayuminさんは
「バレンタイン キッス」は

現に耳に残る 歌詞も素敵な曲だと考えているという。

本当に、瀬井広明氏は素晴らしい名曲を作ったと思う。

そのようなことを思ったのである。

西宮ガーデンズのLindt(リンツ)にて、

LINDOR(リンドール)のチョコが

「とろけだす、しあわせ?あなたと大切な人に?」

というコンセプトでバレンタイン企画で売り出されている
場面に遭遇してから、

バレンタインキッスという名曲について
再度、深く振り返ることとなった。

YouTube動画

国生さゆりwithおニャン子クラブ(発売当時の夜のヒットスタジオ出演にて)
Valentine Kiss / Sayuri Kokusyo with Onyanko Club
https://www.youtube.com/watch?v=dIurAphzS3M


国生さゆりwith渡り廊下走り隊7(HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP)
Sayuri Kokushou with Watariroukahasiritai7 Valentine Kiss
https://www.youtube.com/watch?v=z7jlTdy3beM


国生さゆりwithおニャン子クラブ(レコーディング版)
Sayuri Kokusho (国生さゆり) - バレンタイン・キッス/Valentine's Kiss
https://www.youtube.com/watch?v=AyUe-szq13k



このブログ内の関連記事

平成18年(2006年)2月14日の記事
バレンタインデー ~ローマ帝国で生まれた「恋の記念日」は神戸から日本に輸入された


〇Bメロつながりで

この曲のBメロは「神」!!・・・・DIRTY OLD MAN~さらば夏よ~

世界でいちばん熱い夏 ~ Bメロがこの曲を21世紀でも色褪せない夏の名曲にしている


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テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


♪~今年の想い出にすべて君がいる~♪・・・・ユーミン作詩、桑田佳祐作曲の「Kissin’ Christmas」2023年についにシングルで販売・・・37年前とは少々歌詞を変えている

今日は、令和5年(2023年)12月24日 日曜日

昭和61年(1986年)及び
昭和62年(1987年)の12月24日に日本テレビ系列で放送された
されたクリスマスの特別音楽番組である「Merry X'mas Show」
のエンディングソングとして特別に作られた
作詞:松任谷由美、作曲:桑田佳祐

Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない)

が、松任谷由美さんと桑田が歌う
「Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023」として
リメイクされ、
12月6日付(集計期間:2023年11月27日~12月3日)
Billboard JAPANダウンロード・ソング・チャートで1位となり、
スペシャル・リリックビデオが桑田さんの
公式YouTubeチャンネルで公開された。

Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023

画像はサザンオールスターズのホームページより

この曲については、私が当ブログを始めて約1か月半後の
平成17年(2005年)12月16日の記事
幻のクリスマスソング!~ユーミン作詩、桑田佳祐作曲

にて、取り上げていて、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これをCD化したらかなり売れるだろうなあと
思うが、CD化されない。

この曲の音源は、有線放送とラジオ局にはあるので、この季節になれば
耳にすることはあると思います。
私は、幸運にも当時の番組を録音していて聴く事ができます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書いたが、ついに
非売品からユーミンと桑田さんによるヴォーカルで
ついに販売されたのだなあと思った。

この曲の頭の

♪道行く人の吐息が星屑に消え
気づいたら君がそっと手をつないだ♪


とあるが、なんて素敵な歌詞で、かつ
ユーミンらしいなあと思う歌詞である。

37年前の時とは、
一部歌詞が変わっている。

♪~
Woo~ In this Holly Night.
Woo~ In this Holly Night.
We're hearin' sha la la la and singing hymns tonight.
You gotta be right~all night.(In this Holly Night.)
We're hearin' sha la la la and singing hymns tonight.
You gotta be right~all night.(In this Holly Night.)~♪


このパートの部分が変わっている
(このパートの部分は、37年前の番組では
 鈴木雅之さんが歌っていた)

どのように変わったかとその歌詞を載せると

♪~
Un uh・・・ あなたへの
Un uh・・・ プレゼント

恋人がサンタクロース
本当はサンタクロース
つむじ風を追い越して

だから好きだと言って
天使になって

しかってもらうわ
My Darling!~♪


と変わっているが、

Un uh・・・ あなたへの
Un uh・・・ プレゼント

に歌詞が変わっている理由はわからないが、

「Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023」を伝える
サザンオールスターズのホームページに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仲良くしようよ!!
聖なる夜に、すべての人の心へLOVE & PEACEを

今、この世界に必要なのは、争い傷つけ合うことではなく、
互いに歩み寄り、穏やかに対話すること

二人の想いを体現する形で、「Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023」 
から得られる収益の一部は、子どもたちの未来といのちを守るために
セーブ・ザ・チルドレンへ寄付される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と今回の企画の思いについて書かれていることが
関係している入るかもしれない。

♪~Un uh・・・ プレゼント~♪

に続いて、
桑田さんがユーミンのクリスマスソングの
名曲「恋人がサンタクロース」の一節を

桑田佳祐 恋人がサンタクロース

そして、ユーミンが桑田さんの
平成13年(2001年)21世紀元年の
ミリオンヒットの「波乗りジョニー」の
一節を、

松任谷由実 波乗りジョニー

そして、
桑田さんがユーミンで
ユーミンの名曲「ルージュの伝言」を歌い継ぐ

桑田佳祐 しかってもらうわ

松任谷由実 My Darling

マッシュアップのアレンジが加わっている。

さて、桑田さんは
ユーミンのクリスマスソングである
「恋人がサンタクロース」を歌っているが

どうして、ユーミンは夏の曲でもある
桑田さんの「波乗りジョニー」なのか?

もしかすると、37年前のクリスマス番組のスタジオからの
1曲目が、
KUWATABANDの
「MERRY X’MAS IN SUMMER」という
真夏のクリスマスソングを歌っていたこともあるのだろうか
と思ったりする。

Kissin' Christmasの
最後の佳境のクライマックスのところの歌詞

♪~
今宵 誰も見ていないから
I'll kiss you alright? So slight.
We're hearin' sha la la la and singing hymns tonight.
You gotta be right. In this Holly Night.~♪


でも特に

♪~We're hearin' sha la la la and singing hymns tonight.~♪

の部分が、
歌詞とメロディの美しさを感じる
ユーミンと桑田佳祐というJ-POPを代表する
2人の天才が創った傑作だと思う一節である。

そして、


♪~今年の想い出にすべて君がいる~♪
桑田佳祐 今年の想い出にすべて君がいる

松任谷由実 今年の想い出にすべて君がいる

♪~今年の想い出にすべて君がいる~♪

となんとまあ素敵な歌詞とメロディで締めくられて終わる。
37年前に、私が中学1年生の時に「Merry X'mas Show」で
この曲を聴いて、すごい曲だと思い、
録画していたビデオを何回も再生して見た。

また、この「Merry X'mas Show」に
出演したメンバーが超豪華で、
圧巻だったのがロッケストラという
ロックのオーケストラという意味のコーナーで
桑田佳祐、氷室京介、吉川晃司、アンルイスのボーカルで
バックバンドの面子がBOOWYやKUWATA BANDや
高見沢俊彦(THE ALFEE)などにより
ローリングストーンズの
「Let's Spend the Night Together(夜をぶっとばせ)
をアレンジして歌っていた。

LETS SPEND THE NIGHT TOGETHER~夜をふっとばせ(MERRY XMAS SHOW 1986)
吉川晃司 氷室京介
桑田佳祐 アンルイス

さて、37年前の昭和61年(1986年)12月24日の
「Merry X'mas Show」のエンディングの生放送での
Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない)を出演者全員で
スタジオのライブとVTRに割っての出演で放送された
画像の一部を載せる。

KISSIN CHRISTMAS~クリスマスだからじゃない(MERRY XMAS SHOW 1986)道行く人の吐息が星屑に消え
ユーミンと桑田佳祐(右奥の男性はARBのキース)


KISSIN CHRISTMAS~クリスマスだからじゃない(MERRY XMAS SHOW 1986) 鈴木雅之
小林克也と鈴木雅之


KISSIN CHRISTMAS~クリスマスだからじゃない(MERRY XMAS SHOW 1986)BOOWY
BOOWY

KISSIN CHRISTMAS~クリスマスだからじゃない(MERRY XMAS SHOW 1986)桑田佳祐松任谷由実

KISSIN CHRISTMAS~クリスマスだからじゃない(MERRY XMAS SHOW 1986) 今年の想い出にすべて君がいる

手前から
トミー・スナイダー(「ゴダイゴ」のドラマー、KUWATA BANDのアルバムの楽曲の作詞をする)
中村雅俊、ユーミン、桑田佳祐、泉谷しげる、吉川晃司、


昭和61年(1986年)のKissin' Christmas
Kissin' Christmas ~Merry X'mas Show 1986~
https://www.youtube.com/watch?v=GAGxeq9GeqQ



桑田佳祐&松任谷由実 - Kissin’ Christmas (クリスマスだからじゃない) 2023 [Special Lyric Video]
https://www.youtube.com/watch?v=hcLfervAh8s


桑田佳祐、氷室京介、吉川晃司、アンルイスのボーカルのロッケストラはこのリンクで見れます。
MERRY X'MAS SHOW 1986 LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER ロッケストラ
https://www.youtube.com/watch?v=J5u20LP3WQ0


また、そのロッケストラについて当ブログの
平成29年(2017年)1月9日の記事
桑田佳祐と氷室京介が共演して一緒に歌う超豪華な音楽の番組が1986年にあった。そのバックバンドにBOOWYとKUWATA BANDやアルフィーの高見沢がいて、ローリングストーンズの名曲「夜をふっとばせ」を歌う
に詳細を書いています。


このブログ内の関連記事

平成18年(2006年)7月28日の記事
「すけべ」に聞こえる曲と真夏のクリスマスソング

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♪~夢からさめないで そのまま気まま~♪・・・45年前の今日の昭和53年(1978年)11月25日(土曜日)、サザンオールスターズのセカンドシングル「気分しだいで責めないで」が発売される・・・桑田さんにとって、ノイローゼな気分な時期に作曲された曲も愛しの曲になったという

今日は、令和5年(2023年)11月25日 土曜日

今から、45年前の今日の
昭和53年(1978年)11月25日(土曜日)
サザンオールスターズのセカンドシングル
「気分しだいで責めないで」で発売された。

この曲を取り上げようと思った直接のきっかけは
サザンオールスターズとは関係のないことがらで

当ブログの
令和5年(2023年)10月20日の
音速と気温の関係について書いた記事のタイトルで
音の速さは気分次第ではなく気温次第・・・ある日の夜、自宅から1.4km離れたところから大歓声が約4.068秒(気温が21.1℃の場合)で伝わってきて

「音の速さは気分次第ではなく気温次第」というタイトルをつけたことである。

ただ「気分次第」という表現が思いついたのは
サザンオールスターズの「気分しだいで責めないで」を
中学生の頃よく聴いていたからである。

私が中学生の時期は昭和末期の
昭和61年(1986年)4月~昭和64年=平成元年(1989年)3月で、
私が中学1年の時は、サザンオールスターズは原由子さんの産休があり
その間、桑田佳祐さんがKUWATABANDの活動をしていることで、
それをきっかけに、私はKUWATABANDを聴くようになり、
そこからサザンオールスターズを聴くようになった。

「気分しだいで責めないで」は「いとしのエリー」も収録されている
サザンオールスターズのセカンドアルバム
「10ナンバーズ・からっと」(昭和54年=1979年 4月5日発売)に
収録されていて、
レンタルレコード屋から借りた「10ナンバーズ・からっと」を
テープに録音して、何回も聴いた。
「気分しだいで責めないで」はB面の2曲目の曲であるが、
よく聴いていた。
(アルバムバージョンはシングルとは別テイクによる新録になっている)


「気分しだいで責めないで」は
イントロの野沢“毛ガニ”秀行さんのパーカッションの
テンポ良いリズムから入り

♪~気分しだいで責めないで 涙がでちゃう~♪

から始まる
ラテン・ロック・ナンバーである。

この曲の好きなところは
1番と2番のそれぞれBメロのはじめ

1番
♪~はっと見りゃかわいいね イナセにきめて
  泣き顔見せないね しんからさめて~♪


2番
♪~おっと待って 今夜はおまつりさわぎ
  夢からさめないで そのまま気まま~♪


の部分で、

1番の「はっと見りゃ」と2番の「おっと待って」

と言葉と音が圧縮されたようなパンチが効いていて
強く盛り上がる部分となっている。

また、私は1番よりも2番の

♪~夢からさめないで そのまま気まま~♪

の方が強く印象に残る部分となっていて、

特に「そのまま気まま」と「ま」を4回使う
部分にさらに強く記憶に残りやすくなっていた。

この「気分しだいで責めないで」が発売され
この曲で、当時の歌番組であったザ・ベストテンに出演した時
この曲を歌いながら
桑田佳祐さんは「ノイローゼ!ノイローゼ!!」と絶叫していたようで、
その理由は、「気分しだいで責めないで」の5か月前に発売された
デビューシングルの「勝手にシンドバット」がヒットして、
予想外に多忙となり、思うように曲作りもできず、
テレビ出演をしながらレコーディングをして疲労困憊の
状況になっていた。
この「気分しだいで責めないで」は
事務所からの要請というか半ば強制的な感じで
「勝手にシンドバット」と同じ路線で曲を作れという
ことで、桑田さんにとっては、苦い思い出の曲で
発売から10年以上ライブで
「気分しだいで責めないで」を演奏してこなかったようだが、
デビューから15年ぐたい経ったころから
ノイローゼだったことも含めて良い思い出と思うようになり
ライブ演奏されるようになってきたそうだ。

また、桑田さんは、「気分しだいで責めないで」について
今月3日の住吉美紀さんが司会進行の
TOKYO FMの特別番組
『FM FESTIVAL 2023 
サザンオールスターズ デビュー45周年!「サザンとわたし」スペシャル』

で、次のように語っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆「勝手にシンドバッド」の“次”を考えるのは大変だった
番組では、桑田さんから「思い出深いサザンナンバー」を伺いました。

桑田:(デビュー曲の)「勝手にシンドバッド」が出たとき、
歌謡界は4ヵ月に1回シングルを出すサイクルだったんですね。
2曲目がほしいって言われたんですけど、ストックがないんですよ。
そこで作ったのが「気分しだいで責めないで」なんだけど、
出したらまあ散々悪口を言われて。

住吉:ええ~!?

桑田:ホント。ツッコミどころが満載だなっていうのはあると思うんです。
冗談でよく言いますけど、この曲は河口湖のコテージに閉じ込められて
作った曲なんです(笑)。一生懸命作ったのがこれだったんだけど、
たいした曲ではないんですよ。

だけどやっぱり思いは強いし、勉強にはなりましたね。
ファンの方は盛り上げてくれましたが、(「勝手にシンドバッド」の)
二番煎じというリアクションでした。でも、いい経験にはなりました。

住吉:どういうことを考えて作曲したかは覚えていらっしゃるんですか?

桑田:1曲目を引きずるべきなのかなあと。入ったばかりで業界のことが
わからないから、どうしたらいいのかなと(考えた)。
でも、作ってみたらこれしかできないんですよ。ああでもないこうでもないと
いじくりまわしているうちに(できた)。音楽でもなんでもそうだけど、
やっぱりいじくりまわしちゃダメなんですよね。

住吉:面白い! そういうことがあるからこそ、愛しい曲になりますよね。

桑田:そう! 作った頃は捨てちゃいたいくらいだったんですけど、
こうして長い年月を経ると愛しくなるんですよねえ。

デビュー45周年・サザンオールスターズ特別番組 桑田佳祐、
思い出のサザンナンバーに「気分しだいで責めないで」を選んだ理由は?

より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

桑田さんにとっては、苦い思いをした曲であったが、
45年経ち、思い出のサザンナンバーに選ぶほどおに
愛おしさを感じる曲になっているようだ。

さて、今回、私がに「気分しだいで責めないで」を取り上げたきっかけは
この記事の最初の方に
「音の速さは気分次第ではなく気温次第」というタイトルのブログ記事を
書いたことに由来していると書いたが、その記事の最初の方で
次のように書いている。

**********************

一昨日(10月18日)20時36分頃、
西宮市の今津駅近くの自宅にて、
過ごしていると、何やら遠方から大歓声らしき
音が聞こえた!!

その時、私の自宅から約1.4km離れた
甲子園球場では、

セントラルリーグ
クライマックスシリーズ
ファイナルステージ第1戦
阪神タイガース対広島東洋カープの
試合が行われていて、
テレビを点けるとちょうど8回裏
阪神の攻撃の時であった。

**********************

私の自宅から約1.4km離れた
甲子園球場からの大声援が聞こえたことをきっかけに
「音の速さは気分次第ではなく気温次第」というタイトルのブログ記事を
書いたのだ。
そして、今回の「気分しだいで責めないで」は
阪神タイガースが、クライマックスシリーズに出場しなければ
書いていなかっただろう。

ただ、「気分しだいで責めないで」という曲の

♪~夢からさめないで そのまま気まま~♪

という部分は、強くインパクトの残る部分で
桑田佳祐さんの天才さを感じる。
そのような強い印象にのこる曲でもあったので、
「音の速さは気分次第ではなく気温次第」というタイトルを
思いついたのだろう。

気分しだいで責めないで - サザンオールスターズ
https://www.youtube.com/watch?v=NMneN2QuLXE



このブログ内の関連記事

当ブログでのサザンオールスターズ関係の曲について書いた記事のリンク集のページです。
お気に入りのうた サザンオールスターズ・桑田佳祐の目次 

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