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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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今日は3月11日の土曜日・・・土曜日に発生した主な地震、また、土曜日以外の主な地震の曜日を見てみる

今日は、令和5年(2023年)3月11日  土曜日

本日で、東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震が
発生して12周年の日となる。

先週の土曜日、NHKスペシャルで
南海トラフで巨大地震が発生した場合の想定ドラマを
放送していたが、その発生想定年月曜日が

20XX年の3月上旬の土曜日とされていた。

さて、20XX年となると
今年も含めあと77年あるが、

ドラマの地震発生当日の発生前の一場面で
カレンダーが映っていて、
土曜日は3月4日と11日になっていた。

つまり、今年のカレンダーが映っていた。


すると、ドラマが想定する20XX年の3月上旬で
3月4日と11日が土曜日となるのは
今年の2023年も含めると

2028年、2034年、2045年、2051年、2056年

2062年、2073年、2079年、2084年、2090年

と、11年と77年分の11年と7分の1≒14.3%と絞られてくる。


前回の2つの南海トラフ地震

昭和東南海地震 昭和19年(1944年)
昭和南海地震  昭和21年(1946年)

南海トラフ地震は100年から150年周期とされるが、
前回の地震から約100年後に発生するとして
3月4日と11日が土曜日になる年で
その約100年後に最も近いの年は
2045年となるもし元号令和が続いていれば
令和27年となり、
私がもし生きていれば、71歳となる。

ちなみに昭和南海地震が発生した月日は
12月21日であったが、その日は土曜日であった。

他に土曜日に発生した主な地震として、
大正12年(1923年) 9月 1日に発生した関東大震災、
平成16年(2004年)10月23日に発生した新潟県中越地震、
平成20年(2008年) 6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震
平成28年(2016年) 4月16日に発生した熊本地震本震
がある。

ちなみに
東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震が発生した曜日は
金曜日。
阪神淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震が発生した曜日は
火曜日であった。

その他の曜日で主な地震を見てみると

平成17年(2005年) 3月20日 日曜日  福岡県西方沖地震

明治29年(1896年) 6月15日 月曜日 明治三陸地震
平成 5年(1993年) 7月12日 月曜日 北海道南西沖地震

明治24年(1891年)10月28日 水曜日 濃尾地震

昭和19年(1944年)12月 7日 木曜日 昭和東南海地震
昭和58年(1983年) 5月26日 木曜日 日本海中部地震
平成30年(2018年) 9月 6日 木曜日 北海道胆振東部地震


このブログ内の関連記事

令和元年(2019年) 5月1日の記事
令和元年の初日に思う・・・令和年間に南海トラフ地震が発生するのか、令和はいつ終わるのかは、歳を重ねないとわからない、令和が終わる前に寿命が尽きるかもしれないが。

平成25年(2013年)9月1日の記事
9月1日、関東大震災から90年・・・・関東大震災での海からの大津波と陸からの山津波による被害

平成26年(2014年)10月23日の記事
新潟県中越地震から10年・・・奇跡的に生還した2歳の男児は今は大きくなり

平成20年(2008年) 6月18日の記事
緊急地震速報(岩手・宮城内陸地震) を振り返り・・・・日本だけでなく、海外でも速報は見られていた

平成28年(2016年)4月 16日の記事
緊急地震速報の二重奏・・・熊本県でM7.3の大地震、震源が阿蘇山方向に移行しているのが気になる

平成28年(2016年)4月 23日の記事
熊本地震から思うこと、来るべき南海トラフ巨大地震に備え、日本海側地域を広域避難・支援の拠点に

平成24年(2012年) 6月15日の記事 
6月15日の出来事・・1896年6月15日明治三陸地震津波発生・・・揺れが小さくても、揺れの時間が長ければ大津波のおそれあり!

平成18年(2006年) 5月26日の記事
津波が来ないと言われていた日本海に大津波が襲った日~日本海中部地震

平成30年(2018年) 11月 6日の記事
北海道胆振東部地震から2か月経つが、それに関する報道量が少なくないか?もう、忘れられた災害になってしまってないか

令和4年(2022年)3月11日の記事
東日本大震災から11年、風化が懸念されるが、教訓を継続的に意識付けることの重要性・・・・11年前のこの日も金曜日であった

令和5年(2023年)1月17日の記事
阪神淡路大震災から28年・・・28年前の1月17日も火曜日で、また、3連休明けの日であった・・・曜日や祝日が設定される日によって人命に関わる運命を左右することがある



平成18年(2006年)から1月17日に阪神淡路大震災関連の記事を複数年アップしていて、それら記事の目次へのリンクです。
阪神淡路大震災関連の記事の目次

当ブログ内の東日本大震災関連記事のそれら記事の目次へのリンクです。
東日本大震災関連記事の目次


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洋服と命・・・服も積もればとっても重たい、大地震が発生したら・・・

今日は、令和4年(2022年)10月24日 月曜日

先週のNHKラジオのマイあさ!の健康ライフのコーナーで
「災害支援ナースに聞く」が特集され、
災害支援ナースの辻直美さんが出演されていたが、

その時、驚く情報を知った。

地震災害で、箪笥が倒れて圧死するということは
よく知られているが、
辻直美さんによると洋服ダンスではなく、
大量の洋服そのもので覆われて圧死することが
あったという。

地震で洋服が雪崩のように崩れ落ちて、
人体の上に覆いかぶさると
とても人間の力で持ち上げることはできず
胸を圧迫して圧死するというだ。

洋服ダンスそのものを固定しても
中から大量の洋服が飛び出て、
覆いかぶされてしまうと命に係わるリスクが
生じるのだ。




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ガッテン!最終回を見て・・・「盲腸切除と大腸がん」「歯磨きは口をすすがない」「天気予報をみんな聴いていない」という情報が記憶に残っている・・27年の長寿番組終了

今日は、令和4年(2022年) 2月 5日  土曜日

先日の水曜日の2月2日、
夜にながら見感覚で、視聴してきた
長寿番組が終了した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NHK「ガッテン!」最終回も淡々と 立川志の輔さらり挨拶 放送27年いつも通り
2022年2月2日 20時31分 配信


最終回は「しつこい目のぼやけ 気づいて!本当の原因解明SP」をテーマに、
新しく目の病気として注目されているサギングアイ症候群などを扱った。
番組らしく、専門家の話やさまざまなデータ、実験などでわかりやすく解説した。

 淡々と番組は進みエンディングへ。番組のラストで司会の落語家・立川志の輔が
「27年目に入りましたが、今回をもちまして最終回ということになりました。
本当に長い間、ごらんをいただきましてありがとうございました」とさらりと
番組終了を報告した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ためしてガッテン」として、
平成7年(1995年)3月29日に放送開始されて以来
そして、平成28年(2016年)4月13日に、リニューアルとして
番組名が「ガッテン!」に変わり、そして、先日の2月2日に
最終回となった。

2月2日が最終回とは中途半端な時期だなあと思ったら
北京冬季オリンピックの中継の影響であった。

私は、「ガッテン!」は、いつもながら見だったので、
あまり内容は強く記憶に残っていないが、
少々印象に残っている内容がある。

ひとつ目は盲腸の特集をした内容である。
私は、平成25年(2013年)7月に虫垂炎から腹膜炎を
発症して、手術をしたことがあったので、少々記憶に
残っている。

「ガッテン!」のホームページを見てみると
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
突然の激痛!盲腸(虫垂炎)の新事実
2017年3月8日(水)午後7時30分


「盲腸」で手術をした人7万人以上と、手術をしていない人およそ30万人を
14年間近く調べたところ、手術をした人はその後1年半~3年半の間、
2.1倍ほど大腸がんになりやすいという結果が示されました

(中略)

【※】リスクが上がったのは、手術後3年半までです。その後は、
手術をした人としない人で大腸がんのリスクは変わらなくなりました。

(中略)

この「虫垂」という臓器は、長いあいだ役割がはっきりせず、「進化の過程で
機能が失われた、ムダなもの」と思われてきました。ところが最近の研究で、
虫垂にはたくさんの免疫細胞が住んでおり、健康と深くかかわる
「腸内フローラ」が良い状態に保たれるよう働いている可能性が
あることがわかってきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

虫垂切除をすると、術後3年半の間、やらない場合より
2倍、大腸リスクが高まるということであったが、
番組が放送されたのはちょうど、虫垂切除から3年半過ぎた
直後だったが、へえ、そうだったのかと思った。
今もなお特に体調には変化はない。
(ちなみに、虫垂切除後の2か月後、手術による癒着の影響で
 腸閉塞発症で再入院した)

次に記憶に残っているのが、
歯磨きに関することである。

「ガッテン!」のホームページを見てみると
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
虫歯リスクが激減!?発見!新★歯みがき法
2019年5月8日(水)午後7時30分


そこで今回、国民の虫歯を大きく減らすことに成功したスウェーデンを徹底取材。
見つけたのは、歯みがき後に「口をゆすがない」という衝撃の歯みがき法!

(中略)

<ポイント1>
フッ素配合の歯みがき粉をたっぷりと使う(目安は2cm)

<ポイント2>
歯全体に歯みがき粉が行き渡るように意識して2分程度歯みがきを行う

<ポイント3>
口の中の泡などをしっかり吐き出したあと、口をゆすがない
ゆすぎたい場合は水を少量にして、回数も少なくする

<ポイント4>
歯みがきのあと、2時間飲食をしない(最低でも30分)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、歯みがき後、歯磨き粉を残すために
うがいなどで口をゆすがない方が良い
というのは新鮮であった。

この口のゆすがない方が、通常の歯みがき方法
よりも、40%以上の虫歯の予防効果があったという。

最後に印象に残っているのが昨年の12月に放送された
天気予報についての特集であった。

「ガッテン!」のホームページを見てみると
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
予想が“外れる”ワケ判明!?天気予報とことん活用SP
2021年12月15日(水)午後7時30分


「降らないと聞いていたのに雨が…」、「週間予報を頼りに週末の予約をしたのに、
いつの間にか予報が変わっていた…」なんて経験ありませんか?一体どうして“外れ予報”が
無くならないのか…今回、ガッテンでは人が天気予報をどう見ているかを観察し、
ちょっとしたドッキリ実験を仕掛けました。

(中略)

“ニセ天気予報”でドッキリ実験!お天気マークの意外な弱点とは?

(中略)

番組である実験を行いました。見た目は全国的に晴れマークの天気予報なのですが、
予報士さんのコメントでは「雨が降る」と言っているという、
「見た目と言っていることが正反対の“ニセ天気予報”」を作成、
一般の人にその映像を見てもらいました。すると、ほとんどの人が
「天気は晴れ」だと答え、多くの人が、予報士さんの話を聞いていないことが判明しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということであったが、よく「天気予報で晴れて言ってたのに、雨が降った」
ということ思いをされた方々もいそうだが、
テレビの天気予報では、「晴れマーク」なので、「晴れ」と思ってしまいがちだが、
よく聴いてみると、「晴れですが、ところにより一時雨」など言っていることがある。
そんな時は、1ミリ以上の降水確率が10%から30%になっていることがあり、
夏になると午後には夕立による雨が局地的に発生して、
晴れの予想エリアではほとんど晴れであるが、局地的に雨に遭遇してしまうことが
あったりするのである。

また、なんと、この「ガッテン!」の実験ニセ天気予報で、
「晴れマーク」の表示で、
音声で「今日はところにより槍が降る」とめちゃくちゃなことを
言っているのだが、
10人中9人が気付かなかったということで、
視聴者の多くが
いかに見た目に注意が行ってしまい、聴いていないかがうかがえる。

(ちなみに、先日、米国フロリダの天気予報で「イグアナが降る」と予報され、
 その理由は、急激な気温低下で木の上にいるイグアナが動かなくなり
 落下してしまう現象を予想、実際、その通りになった)


よく、NHKのお天気コーナーで出演される
気象予報士の南利幸さんが

「長ソデの方が、良さソーデス」などダジャレを言ったりするが、
そのきっかけは、大阪のラジオ番組で天気予報を担当した時、
普通に天気予報を伝えていると、出演している落語家の方に
「それじゃ、おもしろくない」と言われて、
ダジャレを言うようになったという。
そのダジャレで、視聴者に聴いてほしいことを伝えるために
言っているというのだ。

この「ガッテン!」で、いかに視聴者が天気予報を見るだけで
聴いていないかがわかると、南さんの
ダジャレに深い意味があると伝わる内容であった。

さて、ガッテンの最終回は
サギングアイ症候群という、眼球に異常はないが
眼球の周りの筋肉を支えるコラーゲンのプリーが弱くなることで
目がずれてしまい、両目で上手く物を見えず、
二重にぼやけて見えてしまうという特集をしていた。

最終回の平均視聴率は関東地区で12.7%だった。
10%超の視聴率は人気番組であることがうかがえる。

ところで、司会の立川志の輔さんは
サザンオールスターズのフアンであり、
かつ、桑田佳祐さんは落語鑑賞を趣味ということもあり

SONGSスペシャル「桑田佳祐の歌ってガッテン!」
というSONGSと「ためしてガッテン」と
コラボレーションした企画番組が
平成24年(2012年)7月18日が放送され、
桑田さんのインタビューやスタジオライブ、
「ためしてガッテン」から
立川志の輔さん、山瀬まみさん、
小野文惠アナウンサーが出演した。

「ためしてガッテン」として、
平成7年(1995年)3月29日に放送開始された時、
立川志の輔さんは41歳で、現在は68歳と
27年の長寿番組の時のうつろいを感じる。

最終回のエンディングで

ガッテン 最終回 字幕

「27年目に入りましたが、今回をもちまして最終回ということになりました。
本当に長い間、ごらんをいただきましてありがとうございました」

と、テロップが出て、

ガッテン 最終回 拍手

志の輔さんは、拍手を長くして、

ガッテン 最終回 垂れ幕

「ガッテンできる毎日を」と書かれた垂れ幕を披露して、
「ご覧いただきありがとうございました!これからもずっと『ガッテン』できる毎日を! 
ガッテン! ありがとうございました!」

と締めくくった。

ためしてガッテンのホームページには
番組終了後の挨拶が掲載されれている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガッテン 最終回 HP 挨拶

1995年の「ためしてガッテン」初回の放送から、27年。2月2日(水)の放送で
「ガッテン!」は最終回を迎えることになりました。少しでも便利になるように…、
少しでも安心して過ごせるように…と科学に裏付けされた
“生活の知恵”や“健康情報”をお届けしてまいりました。
「なぜカミソリ負けするのか?」…暮らしの中のそんな小さな疑問の裏にも、
ちゃんと“科学”があり、ガッテンできる解決策がありました。
番組は終わってしまいますが、これからもみなさんが日常に潜む
小さなガッテンを見つけて、より豊かな暮らしを送られることを
心より願っております。27年間、本当にどうもありがとうございました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術


知床の漁港が見えるライブカメラを見ると、海面全面は氷に覆われ・・・・オホーツク海が流氷に覆われる理由は

今日は、令和4年(2022年) 2月 3日  木曜日

各地のライブカメラを見ることができる
「Droid Live Weather」で、
オホーツク海に面する北海道の知床半島の
ウトロ漁港が見える
ライブカメラを
昨日の21時32分に見ると、

知床 流氷 Screenshot_2022-02-02-21-32-45-54

漁港内に流氷が一面に広がていている
様子が見える。

その6分後の21時38分で
再びライブカメラを見ると
少々、港湾の奥の方に流氷が移動している
ことが伺えた。

知床 流氷 Screenshot_2022-02-02-21-38-15-87

赤線の矢印方向に動いている。

ウトロ漁港が見えるライブカメラは
漁港近くにある
北こぶし知床ホテル&リゾートに設置
されているライブカメである。

北こぶし知床ホテル 周辺

 拡大すると

北こぶし知床ホテル 拡大
赤丸内に、北こぶし知床ホテル&リゾート

今朝も同じ場所からのライブカメラを
見ると、ウトロ漁港内を見ると
流氷に覆われている様子が見える。

知床 流氷 Screenshot_2022-02-03-08-48-47-14

知床 流氷 Screenshot_2022-02-03-08-51-40-16

今季の冬での流氷接岸初日について
先月末のNHKの報道を見ると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
知床の斜里町ウトロに流氷が接岸 去年より7日遅く
NHK 北海道 NEWS WEB 2022年1月31日19時12分

知床で独自に流氷を観測している「知床自然センター」は30日、
斜里町で船舶が航行できなくなるほど沿岸に流氷が押し寄せているとして、
去年より7日遅く「流氷接岸初日」を発表しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、1月30日に、去年より7日遅く
「流氷接岸初日」が観測確認されたということであった。

さて、そもそも、どうして
オホーツク海に流氷が発生するのか?
緯度的には、北緯44度辺りで、
欧州の同緯度は
ワインで有名なフランスのボルドー近辺にあたり
北緯45度のイタリアのベネチアより南であり、
北半球においては、知床周辺は
流氷の南限とされている。

なぜ、オホーツク海に流氷が発生する理由は
一言で言えば、
オホーツク海の地理的条件が
生み出したものである。

まずは、オホーツク海に流れ込む
大河で、中ロ国境部も流れるアムール川である。

樺太の間宮海峡の対岸の大陸に
世界で8番目に長い大河たる
アムール川の河口があるが、
大河ゆえに、オホーツク海の潮水に
大量の淡水が流れ込む。

オホーツク海
赤丸付近にアムール川河口がある

すると、アムール川河口に近い海域ほどその海面に近い部分は塩分濃度が下がる。
この塩分濃度が下がることが海面氷結に関わってくる

塩分濃度の違いが、液体が凝固し固体になる
凝固点の温度が異なるのだ。

塩分を含む海水が凍るのはマイナス1.8℃、
一方、真水は0℃、塩分濃度が薄いほど
凝固点の温度が高くなり、凍りやすくなるのだ。

アムール川河口に近い方にある
塩分濃度が低いサハリンの北東部(オホーツク海西側)の海に
シベリアから流れ込むマイナス40℃以下の寒気に
さらされ、海面が凍り始め。薄い氷が次々と発生し、
風に乗って南下を始める。
その南下の間にどんどん厚くなり、
北海道に到達するころにはかなり厚い氷になっている。

そして、オホーツク海は、カムチャッカ半島、千島列島、北海道、樺太など
陸に囲まれた閉ざされ度合いが高い海であるので、
流氷は北海道のオホーツク海沿岸やや千島列島よりは
あまり南下することなく、
流氷がオホーツク海以外の海に広がらず、
オホーツク海は流氷で覆われるのである。

このようなオホーツク海の地理的条件が
緯度的には低いのにも関わらず、真冬に厚い氷に覆われた海に
なるのである。

北こぶし知床ホテル&リゾートにあるライブカメラを見ると
ウトロ漁港の外の海の
知床半島の奥の方の沿岸も氷一面に覆われているのが見える。

知床 流氷 Screenshot_2022-02-03-08-44-00-23

知床 流氷 Screenshot_2022-02-03-08-51-44-87



地図の画像はGooglEearthより

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鉄道と初詣・・・・コロナ禍で分散詣で呼びかけ・・「初詣」は明治時代に生まれた表現、もともとは家で神様を待つ習わしだったが、やがて恵方詣での分散参拝となり、明治以降、鉄道会社のマーケティングで現代の「初詣」になっていく

今日は、令和4年(2022年) 1月 1日 土曜日

年が明けて、神社仏閣への初詣をする方々多くいるが、
新型コロナウイルスの感染予防対策として
各地の神社やお寺では正月三が日に人が集中しないよう、
初詣の分散参拝を呼びかける動きが広がっている。

私が住む西宮市にある
商売繁盛の「えべっさん」の総本山である
西宮神社では、昨年の12月から初詣期間になっていて、
昨年12月1日から今年2月末までの期間を
「大福初詣」(だいふくはつもうで)と称して
分散参拝を呼びかけている。
いつ参拝しても
「ご利益は変わりません」とのこと。


もともとは初詣は神社に行くというよりも
正月に家で神様を新年の運気をくださる
年神様を待つ習わしであったという。

やがて、江戸時代の後半には
庶民が、良い運気のある方角の神社や寺に
自ら足を運んで参拝するようになった。

このことを「恵方詣(えほうもうでorえほうまいり)」と
言っていた。

そして、さらに、より早く、ご利益を得て
良い運気がもらえるようにと
明治時代になると鉄道網の発達で
寺社への初詣参拝が盛んになっていた。

さて、この「初詣」という表現は
明治時代に生まれた表現である。

それに関わっているのが
神奈川県川崎市にある川崎大師とされる。

川崎大師は弘法大師にゆかりの21日が毎月の縁日で
特に正月である1月の21日は
初大師、初縁日としてにぎわった。

ここから、必ずしも初詣が現在のような正月三が日に
集中していたわけではなく、分散参拝されていたことが
うかがえ、
明治の中頃までは、七草の頃まで、あるいは小正月、
つまり1月15日までにお参りする習慣だったという。

さて、明治時代になり
明治5年(1872年)に
新橋と横浜の間で鉄道が開業すると、
途中の川崎駅に最寄りの川崎大師へ、
遠くから参詣に訪れる人が増え出した。

新しい汽車というものができて、
ただ、「神社にお参りしたい」という思いだけでなく
「汽車に乗ってお参りに行きたい」という思いを
人々が抱くようになる。


歴史学の平山昇氏によると、「初詣」という表現が
初めて出てきたのは、
明治18年(1885年)、東京日日新聞の1月2日の記事で
あったという。その「初詣」という表現が出た記事には
前日の元日に、川崎大師に人々が参拝する様子を
記事で伝えていた。

その記事では、普段は急行電車は川崎駅には止まらないが
元日には川崎駅に、急行電車に停車して、
初詣に参拝が便利になっている様子を伝えている。

川崎大師への参拝客に汽車を利用してもらおうと
川崎大師への参詣を勧める広告を出して、
初詣参拝を盛り上げようとした。

この結果、鉄道網の発達と鉄道会社の営業戦略により
恵方という縁起の良い方角に行って参拝するよりも
好きな場所で初詣をするという風習になってきた。

そして、明治中頃には、
近代化に伴う都市の発展で会社務めの方が多くなり
のんびり休めなくなってきたので、
初詣参拝は仕事始めの前の正月三が日に集中するように
なり、現在の初詣の形態になってきた。
ただ、昨年と今年は
新型コロナ感染症拡大というパンデミックにより
江戸時代にあったような分散参拝を
寺社側が求めるようになっている。

江戸時代後半より前は
新年の運気をくださる年神様を家で待つ
というのは
幸福を運んでくる来客あるいは客神を待つ
という客人(まれびと)信仰をうかがわせる
風習であったが、
江戸時代後半になると、恵方のある神に
こちらから出向いて参拝する形となり、
そして、明治時代になると
鉄道網の発達により
行きたいところ、好きな場所に出向いての
初詣参拝に変遷していき、現在に至っている。



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