言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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ボインの語源・・・女優の朝丘雪路さんの逝去を受けて・・・語源のもとになった方が亡くなっても、その表現はなくならない

今日は、平成30年(2018年)5月21日 月曜日

先日、女優の朝丘雪路さん(1935年~2018年)が
ご逝去された。

さて、その朝丘雪路さんがいたからこそ、
生まれたある俗語がある。

その俗語を言い出したのは彼女ではなく、
大橋巨泉氏(1934年~2016年)である。

昭和41年(1966年)
日本テレビ系の深夜番組の11PMで司会を
していた大橋巨泉氏が
同じく司会をしていた
朝丘雪路さんの豊満な胸が自然と
視界に入る。

それを巨泉氏が
「ボイン、ボイン」と擬態語で
表現したことから
女性で豊満な胸のふくらみのある意味として
「ボイン」という表現が広まった。

それにしても、
もし、21世紀の現在、
そんな表現をテレビでしたら
セクハラだとバッシングされそうだが、
当時は「セクハラ」という概念になく
そんな批判もなく
「ボイン」はあっと言う間に
広まった。

その当事者が亡くなっても
その当事者が存在することによって
作られた表現はなくならず
表現され続けるのである。
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テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


本日、平成30年5月16日は、私は平成最後の誕生日をむかえる、来年普通に生きれば新元号の誕生日、ちなみに30年前の今日が昭和最後の誕生日になるとは思わなかった

今日は、平成30年(2018年)5月16日 水曜日

今日で私は満45歳になる。
そして、平成最後の誕生日となる。
来年、無事に何事も無く行き続ければ
新元号での誕生日を迎えることとなる。

ちょうど今から30年前の今日は
昭和63年(1988年)5月16日(月曜日)で、
私が中学3年生の時に15歳の誕生日を
むかえた。
結果的に、これが昭和最後の誕生日となった。
そのとき、まさか翌年の高校生最初の
誕生日が「平成」という元号での
「平成元年」になっているとは
全く想像していなかった。

昭和63年(1988年)5月16日の
約4ヵ月後の同年9月19日(月曜日)に
昭和天皇が吐血され、
翌年の昭和64年(1989年)1月7日(土曜日)に
昭和天皇が崩御され、翌日の1月8日から
平成が始まった。

今日の私の誕生日が平成最後と
わかるのは、近代日本になって初めて、
元号の期間のもととなる
天皇陛下の生前退位が決まった
からである。


当ブログでの関連記事

日本の元号は、暦の世界遺産である!元号廃止論には大反対!・・・・世界の暦の文化多様性は保存されるべきであり、元号抜きでは日本の歴史を語れない

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


「言(こと)」と「事(こと)」・・・・哲学者の長谷川三千子氏の「日本語の哲学へ」より・・・「事(こと)」という意味が先にあり 、そこから「言(こと)」という語の意味を支えている

今日は、2018年(平成30年)5月13日 日曜日

日本語の「言(こと)」という表記や意味について
「事(こと)」に由来しているのではないかと
いうことを、哲学者の長谷川三千子氏が彼女の著書
「日本語の哲学へ」で主張している。

それについて「日本語の哲学へ」の内容を
引用して紹介する。


長谷川三千子氏は
豊田国夫氏の「日本人の言霊思想」のある
調査を引用している。
豊田氏が上代の日本人が言事融即観により
「言」と「事」の意味としてかなり混用
しているのではないかと仮説を立てて、
(「言」を「事」の意味として、
「事」を「言」の意味として表記している)
万葉集などの古代の文献で
「言」と「事」がどのように混用されて
いるか調べた。
しかし、調べてみると混用もあったが
「言」を「言」の意味として、
「事」を「事」の意味として
整然と書き分けられている割合が
想像以上に多かったことを長谷川氏は
紹介している。

豊田国夫氏の「言」と「事」の表記と意味の
割合の調査表を引用すると、


事(表記) 事(意味)⇒24%
言(表記) 言(意味)⇒23%
事(表記) 言(意味)⇒23%
言(表記) 事(意味)⇒ 1%

となる。
47%が「事」は「事」の意味として
「言」は「言」の意味として区別されている。

これについて、長谷川氏は次のように著書で
記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「事」と「言」の表記の「混用」―実は「書き分け」―が
示しているのは、そうした「言霊思想」といったものではありえない。
もしそれを示すのなら、むしろ逆に「言」と書いて「事」をあらわす
例の方が圧倒的に多い、ということになっていたはずである。
いま見た、「事」と「言」との「書き分け」のさまが示しているのは、
ただ端的に「事」が先立っている、という上代の人々の認識であり、
これはつまり、自分たちの「言」という語は「事」の意味にしたがって
生み出されたものである、という自己理解なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、古代の日本人が
何かの「できごと」という「事(こと)」という意味が先にあり、
そこから「言(こと)」という語の意味を支えているというのだ。


長谷川氏は哲学者の和辻哲郎氏(1889年~1960年)が執筆した
「日本語と哲学の問題」から引用している。
その和辻氏の引用文の一部を書き出すと

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「言」のこの特性は、それが本来「こと」の性格として
存するのでないならば、「言」と「事」とが本質的には
同一であるとの前言を覆すことになる。
「こと」が本来「あらわにする」という性格を持ち、
それが「言」として現れるのであるとき、
初めて「言」が本来の「こと」でありつつしかも
それ自身の特性を持つゆえんが理解されるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と和辻氏の文を引用したのを受けて、長谷川氏は
次のように記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり一口に言えば、和辻氏は「言」の特性を「あらわにする」と
いうことの内に認め、そしてそれは、まさしく「事」の特性として
あったものだ、と指摘しているのである。
和辻氏のこの洞察は、「言」と「事」とのむすびつきの核心を
ずばりと言いあてている。
「あらわにする」ということは、「言」の特性であると同時に、
「事」が「言」を生み出すはたらきの根幹でもある。
そしてそれは、「こと」の目立ちととらえ返しの
はたらきによるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、長谷川氏は
「こと」について、
「目立つこと」と「とらえかえす」という機能があり、
それが「こと」を「言」たらめしていると分析している。


長谷川氏は「事」という漢字の字源から
次のような分析をしている。
「事」の字源には、
「すくっと立っている」という様態が
うかがえ、そして、「事」のもともとの字源には
「事」の文字の下側の真ん中の下に突き抜けている線以外に
その右側の方に下に向いた線があり、
それが支える手によって立っている
様態に見えるが、
日本語の「事」の漢字には、その「支える手」によっての
線の部分が無い。

それについて、長谷川氏は次のように記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の「こと」をあらわす文字として選ばれた「事」においては、
「支える手」というものは完全に無視されている。
そこにはただ、「目立つ」ものとして「自ら生起し」、
屹立する「こと」の姿見られているだけである。
これはまさしく、和辻氏が言っていた
「何人の作為を持たず、何人も左右し得ないこととし」の
「こと」の姿である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「事」のうちに自らをあらわにする力があり、
何人の作為を持たず、自ら生起し、
自らを「あらわにする」。
その「事」をまっすぐ受けて、「言」が
「言葉」となると古代の日本人が考えていたと
長谷川氏は考察している。



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西宮北口駅前にて、朝8時からモーニングセットを楽しみにカフェ・グライナーズに行ったら、私にとって、今日がその店でのラストモーニングとなった

今日は、平成30年(2018年)5月7日 月曜日

今日は仕事が休みで、
西宮北口駅前にあるアクタ東館2階にある
カフェ・グライナーズに行った。

ここ数ヶ月ぐらいだろうか
月に1~2回は、朝の8時から
カフェ・グライナーズに行き、
モーニングセットを口にしながら
読書をしていた。

すると、
カフェ・グライナーズに行くと

グライナーズ お知らせ 

え!5月11日から
開店時間が遅くなって
なってしまうのか!

次の休暇は5月11日だから
今日が、この店で、モーニングで
通うのは最後になるな!
今日、グライナーズに来て良かったと
思った。

朝8時の開店と同時に入店。


グライナーズ メニュー 

私は、モーニングの
チーズトーストAセットで、ゆで卵つきを
頼んだ。

しばらくしてセットが届き

グライナーズ チーズトースト 

私は、チーズトーストの上に
分解したゆで卵を乗せて
それをサンドイッチにして
食べるのがおいしくて好きである。

グライナーズ チーズトースト たまご 

それを食べた後、
ポットに入った紅茶をカップに注いで
ミルクティーにして、
哲学者の西田幾多郎の科学哲学について
評論している論文を読み過ごした。

グライナーズ お茶 西田資料 

モーニングサービスの時間は11時までで
10時30分すぎに、
また、モーニングセットを頼んだ。
本当は、ホットケーキセットを頼みたかったが、
在庫切れということで、
また、チーズトーストAセットで、ゆで卵つきを
頼んで、また、ゆで卵をサンドイッチにして食べた。

他の客席に余裕があることもあり、
気兼ねなく長居して、
店を出たのは14時であった。
つまり、6時間、居座っていたのであった。

ちなみに、
このカフェ・グライナーズのあるアクタ西宮は
阪神淡路大震災での震度7の激震で壊滅的な被害が発生した
西宮北口駅の北東部の震災復興再開発により
建てられた施設で、
震災から6年後の平成13年(2001年)に開業した。


カフェ・グライナーズはアクタ開業当初からある
お店であり、
西宮北口から徒歩10分のところに住んでいたときは、
カフェ・グライナーズには
帰宅前に、毎日のように通っていたことがあった。
西宮市内での引越し後は、年に数回程度に
カフェ・グライナーズに通う程度になったが、
開店して17年経っても
時々、通っているのである。



当ブログでの関連記事

カフェ・グライナーズに関わること

2010年(平成22年)6月7日の記事
久しぶり、こんなところで、お目にかかるなんて!!

2010年(平成22年)7月9日の記事
この1ヶ月の間に、とある2名の女性の人生のうつろいを垣間見た・・・西宮北口駅の北東側と南東側の線対称で、過去から現在への時のうつろいを感じた

2017年(平成29年)5月17日の記事
休暇日に、カフェグライナーズにて、お茶をしながらディラック方程式を学んでみる・・・数学的知識が乏しい私にとってはほとんどチンプンカンプン、理解に時間がかかりそうでスクールの語源が「暇な時間」を痛感する

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


日本の元号は、暦の世界遺産である!元号廃止論には大反対!・・・・世界の暦の文化多様性は保存されるべきであり、元号抜きでは日本の歴史を語れない

今日は、平成30年(2018年)5月6日 日曜日

平成もあと1年を切り、
来年の5月には新元号になっている。

さて、元号が変わるとなると
グローバルスタンダードの西暦(グレゴリウス暦)と合わず
不便なので、元号廃止論が出てきたりする。

私は、日本の歴史を振り返る道具としての元号の機能性、
また、世界の暦の文化多様性という文脈においても
元号廃止には大反対である。

日本史を習った方なら

「応仁の乱」が西暦1467年に始まったと習っただろう。

さて、その戦乱がどうして「応仁の乱」と言われるのか
理由は単純で、それが始まったのが「応仁元年」だったからだ。
つまり、元号が応仁の時に発生した戦乱であったからだ。

また、鎌倉時代に
中国を支配していたモンゴル帝国の元が日本に侵攻した元寇では
1度目の侵攻は「文永の役」と言われ、
2度目の侵攻は「弘安の役」と言われるが、
それも元号が「文永」と「弘安」の時代に発生したからだ。

また、江戸時代の「天保の大飢饉」は
元号が「天保」の時に発生したから、
その名称がついている。

日本の近代史においては
「明治維新」はまさに元号が「明治」だったからであり、
海外の日本研究者が明治維新について著書を出すときの
タイトルは「The Meiji Restoration 」と「明治」の元号由来の
名称が使用されている。

また、近代日本の歴史で「大正デモクラシー」とあるが、
まさに元号が「大正」に時代に発生した現象であったことに
由来する。

また、元号の名称がつく出来事は政治・社会事象だけでなく
自然現象に関することにもつけられている。

東日本大震災に類似する平安時代の巨大地震である
貞観地震の名の由来は、元号が「貞観」の時代に発生したからであり、
江戸時代中期にに発生した南海トラフ巨大地震である
「宝永地震」とその49日後に発生した富士山大噴火を「宝永の大噴火」と
称するのは元号が「宝永」の時代に発生したからだ。


日本の歴史的大事象を振り返るにあたって、
元号というのは重要な機能を果たしている。

これから100年後、いやさらに後世の日本人が
歴史を振り返るとき、
第2次世界大戦の敗戦とその後の高度経済成長と
日本史で稀な時代であったという意味で
元号が「昭和」の時代をインデックスとして
活用できる。

また、平成も日本経済史的には「平成デフレ」と
経済的には高成長が続いた「昭和」とは全く違う
経済環境の時代とすぐに明確に区別できたりして
元号による区切りが後世の日本人が歴史を振り返るときに
便利だと思う。

日本の歴史を知ることにおいて
元号というのは切っても切り離せないものだ。
それゆえに元号廃止には大反対だ。

それでも、元号廃止派は
キリスト教国に由来する西暦(グレゴリウス暦)が
グローバルスタンダードとなっていて、
日本だけしか通用しない元号表記は不便だから
ということに理由にしたりするが、
元号存続は世界的に見れば
暦の多様性の保持という意味もあると思う、

西暦はキリスト教国由来であるが、
世界の宗教はキリスト教だけではない。

まず、キリスト教発生前から存在する
ユダヤ教では
神が天地を創造した年を元年とするユダヤ暦があり、
現在では、ユダヤ暦5778年。
ユダヤ教徒が大多数のイスラエルでは、
ユダヤ暦が西暦と日付が異なる
祝福の日付は、ユダヤ暦に従い毎年変わる。

イスラム教国ではイスラム暦として
ムハンマドがメッカからメディナに移住(ヒジュラ 聖遷)した年を
元年とするヒジュラ暦やヒジュラ紀元のペルシア暦(イラン暦)があり、
現在は1439年となる。
イスラム教国でも、祝日がイスラム暦がベースになっていたりする。

そして、仏教国に関して言えば、
タイ仏暦(タイ太陽暦)である。
タイ王国では、釈迦が入滅した翌年を紀元とする仏暦を
公式の暦に採用していて、現在は2561年である。

また、台湾では西暦と併用して、中華民国暦という暦が
標準化されている。
台湾は第2次世界大戦後に、中国の国共内戦で敗れた
中国国民党が統治した。
辛亥革命の翌年である西暦1912年に
中華民国が成立したが、中華民国を継承する中国国民党は
台湾で、中華民国が成立した西暦1912年を紀元とする
中華民国暦を採用しているのである。
現在は107年となる。


このように世界ではキリスト教国由来の西暦以外の
様々な多様な暦がある。

グローバル化が進み世界が標準化されていくと
文化多様性が損なわれてしまうのではないかという
議論が、文化帝国主義への批判などの文脈からなされたりする。

キリスト教国由来の西暦しか世界の暦としか認めない、
また、西暦が世界標準化しているので、自国の暦は止めろというのは
まさに文化多様性を破壊する行為である。
私からすれば、英語が世界標準語化しているので、
日本語などの自国の言語を廃止して、英語だけを公用語に
しろと言っているようなものに感じる。

今回、西暦以外の世界の多様な暦を紹介したが、
紀元が定まっていて、
ただ、和暦である元号のように暦の紀元年が
変わってしまうことがない。

そう思うと、日本の元号は世界的に見て
稀な暦と言えるかもしれない。
また、元号は中国が発祥で朝鮮半島やベトナムでも
採用されたが、現在、元号を使用しているのは日本だけである。

そう思うと、日本の元号は暦の世界遺産であると思う!!
そんな世界遺産たる日本の元号を廃止するとはもってのほかである!!!




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