言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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かつての同級生の訃報(享年43歳)を知り・・・ほぼ思い出すこともなくなってしまった方々と時間を共有できたことに謝意を抱く

今日は、2017年(平成29年) 5月24日 水曜日

昨日、故郷の実家の母から
LINEで、私のかつての同級生が
享年43歳で他界した知らせが届いた。
それを知り、故郷の友人にLINEから
他界した彼は食道癌で亡くなったようである。

また、もうながらく、
その彼のことを思い出すことはなかったが、
いざ、訃報を知ると、

その彼とは小学生の時に、
同じ地域だったということもあり、
地域の子ども会の行事で一緒にいたり、
また、1回、彼の家に遊びに行ったこともあったりと
彼とともに過ごした脳内に保存されていた
記憶が次々と蘇ってきた。

それは、今から約30年から35年前くらいの時である。
そのときは、私ももちろん本人も
43歳で人生が終える運命だったとは
全く想像さえできなかっただろう。

彼の訃報を知り、
ほぼ思い出すことがなくなっていた人たちとの
交わり、時間を共有できてきたことのありがたみを
思うのである。

そのように、私が小さきころに
時間をともにしていただいた享年43歳で他界した
彼に謝意の気持ちを抱く。


このブログ内の関連記事

以下のリンク記事は、直接、亡くなった彼とは関係ないですが、
その記事中の

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時7歳の小学生1年生の私はこの時の午後3時前か4時前かのニュースを
仙台から遠く離れた和歌山県御坊市で、
友人宅で見ていた記憶がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

の「友人宅」とは、43歳で亡くなった彼の自宅のことです。

大嵐のホワイトクリスマス・・・・1980年(昭和55年)12月24日 仙台

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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


人生の因果の不思議さ・・・日常の何気ない出来事のそもそものきっかけは10年以上前の大きな出来事であったり、自分以外の誰かが存在していることに由来したりする

今日は、2017年(平成29年) 5月22日 月曜日

一昨日、午前中
約2ヶ月に1回行く散髪のため
西宮市の自宅から大阪市東淀川区上新庄に
行った。

散髪に行くまでに、
上新庄駅前のミスタードーナッツで、
土曜日の朝に8時05分から
NHKラジオ第一で放送される
耳で聴く短編小説ラジオ文芸館を
聴くのが慣わしとなっている。

一昨日は帚木 蓬生(ははきぎ・ほうせい)作の
「かがやく」であった。
これは、2015年9月5日放送のアンコール放送であった。
私もこれを聴くのは2回目であったが、
前回放送されたその日は、一昨日と同じく、
散髪前に
上新庄駅前のミスタードーナッツで
過ごしていて、「かがやく」を聴いていたのだ。

2回とも同じ場所でそれを聴くことになったのだ。

ふと、そのような何気ない約2年またぎの出来事が
私の日常のひとコマに生じたのかと振り返ると、

そのきっかけは、22年前の
平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災により
西宮市の下宿屋が居住不能となり、
また、西宮市内は大地震でライフラインが機能停止して、
どこかに引越しを余儀なくされたことにある。

さて、どうして大阪市の上新庄にしたのか。
それは、私の兄が大学生の時に、
上新庄に下宿していていて、その時は、
兄は既に卒業していて、上新庄にいなかったが、
ふと大阪で引越し先として思い浮かぶのは
かつて兄が過ごしていた上新庄であったのだ。

また、その時、親しくしていただいた男性が
上新庄に居住していて、引越し先探しと
保証金の立替えをしてもらったりした。

そこで、上新庄の住むこととなり、
そこで通い始めた美容室にて、
平成8年10月に上新庄を離れて、
西宮に戻っても22年、
その上新庄の美容室に散髪のため
通っている。

2ヶ月に1度行く、
上新庄のミスタードーナッツにて、
ラジオ文芸館の同じ短編小説を
平成27年5月20日に聴くという
何気ない光景は、
阪神淡路大震災という22年前の出来事と
私の兄がたまたまかつて上新庄に下宿
していたことに由来している。
何気ない日常の光景が、
10年以上前の何かの大きな出来事や
自分の以外の誰かが存在していることが
もともとのきっかけになっているという
因果の不思議さを感じるのである。


ちなみに一昨日聴いた「かがやく」について、前回聴いた時にブログで紹介しています。
「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ

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私が上新庄で通う美容室は、ある有名お笑い芸人がかつてアルバイトをしていた店です。
大阪市上新庄の美容室にて、「オカムラ君、店にこの前来たよ」という店主の発言を耳にして・・・えっ、あの有名人が?

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


ポピー(ヒゲナシ)の花言葉と別名に、東西の古(いにしえ)の物語がつきまとう・・・花言葉は「癒し・なぐさめ」、別名は「虞美人草」

今日は、2017年(平成29年) 5月21日 日曜日

5月に街中の民家の道沿いの花壇に、
ポピーの花が咲いている光景が見られる。

虞美人草  ポピー 20170516_110811

ポピーの和名には、
「雛芥子(ヒゲナシ)」、または「虞美人草(グビジンソウ)」
という名がある。

ポピーは欧州原産のキンポウゲ目ケシ科ケシ属の一年草で、
日本には江戸時代に渡来した。

ポピーの学名は、
Papaver rhoeas(ペパベール) である。

Papaverとは、
ラテン語の「papa(粥)」が語源である。
ケシ属の乳汁に催眠作用があり、
その乳汁をお粥(おかゆ)に混ぜ、
子供を寝かしたに由来して、
その学名が付けられた。

さて、このポピーの花には、
東西の古(いにしえ)の物語がつきまとう。

まず、西洋の古代ギリシア神話と
ポピーにまつわる物語である。

ギリシア神話に、豊穣の女神デメテルがいる。

デメテルは全知全能の神であるゼウスの姉であるが、
ゼウスが無理やりデメテルに迫って、彼との間に
娘のペルセポネーを授かることとなった。

ある日、豊穣の女神デメテルはとても心を痛めていた。
それは、愛娘のペルセポネーが行方不明になったからだ。

デメテルは事情通の
月の女神アルテミスの従姉妹である
ヘカテーにペルセポネーの行方について尋ねてみた。

すると、ヘカテーは
死後の世界の冥府の神であるハデスが
ペルセポネーを連れ去ったと豊穣の女神デメテルに
告げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、恋愛と金星の女神であるアフロディーテ(=ローマ神話のヴィーナスに相当)
の謀略だとされている。アフロディーテら恋愛神を疎んだペルセポネーに対する報復として、
ハデスがペルセポネーに恋に落ちるようにアフロディーテの息子であるエロースから
目の前に映る女性に恋をしてしまう矢を射られしまい、その時、目に映ったのが
ペルセポネーであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただ、豊穣の女神デメテルは同じゼウス兄弟であるハデスは
荒々しい他の兄弟達と違って、優しいので、そのようなことを
することに疑問を抱いた。

そこで、豊穣の女神デメテルは、
地上の事は何でも知っていると言われた
太陽神ヘーリオスに聴いてみた。

すると、ペルセポネーを惚れてしまったハデスが
ペルセポネーの父であるゼウスに彼女への求婚の承諾を依頼して、
母親であるデメテルに相談することなく認めてしまったというのだ。

太陽神ヘーリオスからその経緯を聴いた
豊穣の女神デメテルにゼウスに猛抗議をするが、
「冥界の王であるハーデースならば夫として不釣合いではないだろう」
とゼウスは悪びれもせず言い訳した。
それにデメテルは激怒する。
そのような愛娘ペルセポネーの失踪事件に、
夫のゼウスも関わっていたことを知った
豊穣の女神デメテルは深く傷心した。

その傷心を抱いたままデメテルは食事もとらず一睡もせず
ペルセポネーを探し回る。
彼女は娘のペルセポネーを探すため
地上の世界に降りた。
その間、豊穣の女神デメテルが天上界に
いなくなったため地上は大飢饉がもたらされた。

ペルセポネーを失い悲しみにくれながら愛娘を
探し続け、一睡もできないいる
豊穣の女神デメテルを癒そうと眠りの神ヒュプノスは
睡眠効果のあるポピーの実をデメテルい与えた。
それを口にしたデメテルは眠りに就くことができた。

その神話に由来して、ポピーの花言葉に「癒し・なぐさめ」という
花言葉が付けられたという。

ちなみに、豊穣の女神デメテルはペルセポネーを取り戻すことができて、
地上の大飢饉もなくなり、地は再び豊穣と実りを取り戻したという。

さて、ポピーのにまつわる東洋の古(いにしえ)の物語は
古代中国の紀元前202年に天下をかけた英雄の最終決戦である
垓下の戦い(がいかのたたかい)である。

古代中国の天下統一を初めて成した秦帝国が滅亡した後、
次の天下の覇者を目指して、
楚軍を率いる項羽と漢軍を率いる劉邦(のちの漢帝国初代皇帝)との間で
楚漢戦争(項羽と劉邦の戦い)繰り広げられたが、
いよいよ最終決着を迎える時が来た。

そして、垓下(がいか)にて、
項羽の楚軍は四方を劉邦の漢軍に包囲された。

項羽は四面四方を包囲する漢軍から夜中、楚歌の大合唱が
聞こえ、項羽は最期を悟る。(これが「四面楚歌」の由来)

それを悟った項羽は最後の宴を行う。
その時、項羽とともにしていた愛人の虞美人と
彼の騅(すい)という愛馬との別れを告げる詩をうたう。

力拔山兮氣蓋世 (力は山を抜き、気は世を蓋う)
時不利兮騅不逝 (時利あらずして騅逝かず)
騅不逝兮可奈何 (騅逝かざるを如何せん)
虞兮虞兮奈若何 (虞や虞や若を如何せん)


意味

私の力は山をも抜き去り、私の気迫は天下を覆うほどだった
しかし時は不利になり、愛馬の騅(すい)も進もうとしない
騅が進もうとしないのはどうしたことか
虞よ、虞美人よお前をどうすればよいのか いやどうしようもない 


と、項羽は愛してきた女である虞美人に最後の思いを
辞世の詩で伝える。

それに対して、虞美人は項羽に次の詩を返す。

漢兵已略地,四方楚歌聲。 (漢兵、已に地を略し 四方は楚歌の聲)
大王意氣盡,賤妾何聊生。 (大王、意気尽きたれば 賎妾何ぞ生を聊んぜん)


意味

漢兵はすでに楚の地を占領して、四方周りは漢軍に囲まれ故郷の楚歌が聞こえてきます
大王様(項羽)の意気が尽き果てたのなら この賤しい私はなんで生きていけましょう


と、虞美人も最期を覚悟し、項羽から渡された剣を使って、
剣舞を舞い終えるとそれの剣で自らの首を付き、
自害したという伝説がある。

そして、虞美人の流した血のあとに翌年美しいヒゲナシ(ポピー)花が咲いた。
または、虞美人の墓に美しく咲いたヒゲナシ(ポピー)があり、それに
ちなみ、ヒゲナシ(ポピー)のことを
虞美人草(グビジンソウ)と呼ぶようにもなった。

ちなみに夏目漱石の
職業作家として執筆した第1作である
小説「虞美人草」というタイトルは
彼がタイトル名がないまま新聞連載のための
小説を構想している時、
近所の神社の祭礼の帰りに植木屋である花を見かけ、
植木屋にその花の名前をたずねると

「虞美人草でさあ」

と返ってきた。それに閃きを感じた
夏目漱石は、その小説のタイトルを
「虞美人草」にしたのであった。


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ポピーの仲間のお花です。
長実雛芥子(ながみひげなし)・・・日本各地の路傍で花咲く理由は・・タイヤとコンクリート、この花の日本での繁栄は現代の交通文明がもたらした

「乾坤一擲」は項羽と劉邦の戦いの歴史で生まれた言葉である
「乾坤一擲」「賽は投げられた」 ~ 歴史を作った英雄の運命を賭けた決断

テーマ:花ことば  - ジャンル:学問・文化・芸術


休暇日に、カフェグライナーズにて、お茶をしながらディラック方程式を学んでみる・・・数学的知識が乏しい私にとってはほとんどチンプンカンプン、理解に時間がかかりそうでスクールの語源が「暇な時間」を痛感する

今日は、2017年(平成29年) 5月17日 水曜日

昨日の私の44回目の誕生日の日は、
有給休暇の権利を行使して、お仕事はお休み。

15時半過ぎに、
西宮北口のACTA東館2階にある
カフェグライナーズへ行った。

平成18年7月中旬まで、
西宮北口から徒歩10分のところに
住んでいた時は、
仕事から帰宅時にほぼ毎日のように
カフェグライナーズで夕食として
ロコモコを食べ、ミルクティーを飲むのが
習慣だったが、西宮市の別の場所に引っ越してからは
年に1度か2度通うぐらいになり、
昨日、今年初めて、カフェグライナーズへ行ったのである。

そこでホットケーキセットを注文した。

グライナーズ ホットケーキ 20170516_160234

出てきたホットケーキをぱくぱくとすぐに
胃袋にしまいこんだ。

いつもカフェで読書をするが
昨日は理系関係の資料とにらめっこだった。

50歳までの目標として、
もともと文系の私が、素粒子物理学への数学的理解を
深めることを掲げたが、
ここ何年、数学的に理解しようとして
何度も挫折しているのが、
量子力学と特殊相対性理論を統合した
ディラック方程式である。
次の画像の下の式がそれである。

グライナーズ ディラック方程式 A 20170516_161125

虚数がある1階編微分方程式である。
ここまではある程度私は理解できている。
難しくなってくるのは次からである。

係数のα(アルファ)とβ(ベータ)は、
物理学的な条件を満たして、この方程式を成り立たせるためには
なんと行列である必要があるのだ。

私が数学で行列を習う高校2年生の時、
大学受験の進路を私立文系の国語、英語、日本史の3教科に
絞ったこともあり、それほど数学に力を入れなかった。
。まあ、志望校の中に一般入試の2次試験で評定平均が4以上が
必須(東京の三田にある大学、ここは落ちた)のところがあったため
定期テストでそこそこの点を取れる
ようにはしていたが、テストが終わるとすぐ忘れるという感じであった。
線形代数の参考書を見て基本的なところを思い出したりも
するのだが、
このディラック方程式の係数のαとβは次の
4つの4行4列の行列になるのである。

グライナーズ ディラック方程式 B 行列 20170516_161334

中には、「i」というマイナス1の平方根である虚数があったりする。
なぜ、この4行4列の行列が

ディラック方程式の係数のαとβになるかは少しはなんとなく
わかったつもりであるが、
ここから解に至るプロセスが、
一部以外はほとんどわからんチンプンカンプン状態。

解は次のようになる。

グライナーズ ディラック方程式 C 解 20170516_161409

この画像にある解の下の方に

負のエネルギーを表す(反粒子)とあるが、
これが、ディラック方程式を解くことで導き
出されたそれまで人類が知らなかった自然の理(ことわり)を
が明らかになったのだ。
この方程式の解より、
それまで、電子は電気的に「マイナス(-)」のみと思われていたのだが、
実は、電気的に「プラス(+)」の電子の陽電子があるのではないかと
予言された。そして、その後、実際に宇宙線の中に陽電子があることが
確認され、この方程式を考案した
ディラックは1933年に31歳の若さで
ノーベル賞を受賞した。

この陽電子の発見はその後の素粒子物理学の発展と
そして、宇宙の始まりや物質の誕生を考察するうえで
欠かせない自然界の根源的な原理を秘めた方程式である。


ディラック方程式により発見が誘われた陽電子は
ガン検診の機器のPETで活用されている。

まあ、それにしても、
ディラックがこの方程式の原型を考え付いたプロセスと
係数に行列を用いたりと同業のノーベル賞受賞者達から
アクロバティックとその創造性が高く評価された。

まあ、それをあまり数学的知識が乏しい私が
何とか理解したいと思っているが、
相当時間をかけないと難しいなあと思う。
まさ、スクールの語源が古代ギリシア語の「暇な時間」で
あるのを痛感する。

ふと、グライナーズのアンティーク壁時計を見ると

グライナーズ アンティーク壁時計 20170516_171056

17時を回っていた。
その後、店を出て、西宮ガーデンズで、
物理学の内容も書かれている線形代数の入門書を
買った。この1年、この本のマスターを目指そう。


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ガン検診と量子力学・・・量子力学で見出されたプラスの電子がガン検診に活用されている

school(スクール)の語源は・・・ゆとりの時間があればじっくり考えて議論もできるなあ、日本の学力向上はschoolの語源にヒントあり!

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


今日で44歳になるが、生活の糧のための仕事をしつつ、楽習社の業務として、50歳までは「日本語をはじめとする言語について」と「素粒子物理学」の理解を深める人生を送りたいと思う

今日は、2017年(平成29年)5月16日 火曜日

今日で、私は満44歳になる。
このごろは私が生まれた日に実家の両親に
私を生み育てていただいた謝意の手紙を送っている。

まあ、よう44歳まで生きてこれたなあと
ふと思う。

そのような感覚は5年前に14年勤務していた
小さなシンクタンクを福島原発事故の影響で
失業してから、職を転々とする年月を送るようになり
よりそう思うようになったが、
かといって、自分の人生を悲観も楽観もしていない。

このブログの
「言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~」
を平成17年(2005年)11月2日から10年間毎日アップしつづけ、
その後は週1回+αのペースでアップを続けてきて、自分が赴くまま
知りたいと思い調べたことや思うことを書き続けているという
楽しみがあるから、職業的に不安定人生だが、
自分の人生を悲観も楽観もしていなのだろうと思う。

このブログのタイトルの下に

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語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも
書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。
現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、
古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、
架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。

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と、私がこのブログを続ける思いをつづっている。
今は、生活のために派遣社員として、また飲食店でバイトしつつ、
自分がやりたいと思う仕事ではない業務に従事をしながら
仕事以外の時間でできるときには様々な本を読み、
それなどから知ったことからブログを書いたりする人生を
送っているが、そのうえで参考になるような人生を過ごしている方の
事例を2つ取り上げる。

1つ目は、仕事をしながらアメリカの名門大学である
コロンビア大学の学位を12年かけて取得した52歳の男性である。
この方は内戦がひどくなった旧ユーゴスラビアから逃げるようにして
アメリカに移住、コロンビア大学の用務員として職を得た。
はじめは英語さえも話せなかったが、
コロンビア大学では職員に対して無料の講座を開いているのを活用して、
まずは英語の講座を受け、2001年から一般教養課程に入学し、
古典文学を学び始めた。午前中に大学の講義を受講して、
午後から用務員として清掃の仕事などをこなし、
23時に仕事が終わった後、自宅で自習をしてきた。
それを12年続け、すべての単位を取得して、学位を得て
卒業できたのだ。

もう2つ目は、11年食堂勤務の傍ら小説を書き続けて、
松本清張賞を受賞した小説家の山口恵以子さんである。

彼女は、漫画家を目指して、高校生の時に賞に応募したが
絵が下手と指摘され断念した。その後早稲田大学を卒業後、
宝飾の会社に正社員として就職するがその会社が3年で倒産。
派遣社員として働き、その後、脚本家を目指して、
松竹シナリオ研究所でドラマの脚本の基になるプロットばかりで
生活は安定しなかった。

生活の安定のため求人広告で見つけた食堂の正社員の仕事に就く。
そのころ彼女の年齢は40代となり、
テレビ局のプロデューサーは自分と同世代で、
「脚本家の芽はない」と年齢と関係がない作家の転向。

食堂で責任のある立場になり、その分、生活に安定し、
余裕が出ると、仕事以外の時間は作家活動に没頭、
毎日午前3時半に起床。仕事後に2~3時間、週2日の休日に8時間、
ケータイ小説などを書き、そして、55歳の時に
松本清張賞を受賞して、作家として芽が出たのだ。

そのように2人の事例から
生活のために仕事をしながら、自分が学びたいこと
書きたいことを書き続けるというのが
私の状況と重なる。

今日で44歳になった私であるが、
50歳まで、「日本語をはじめとする言語について」と
「素粒子物理学」を中心に知見を深める人生を過ごしたいなと思う。

「日本語をはじめとする言語について」は、
自分は日々、日本語という言語を使い、考えたり、話したり、
書いたりしているが、自分がどのような立場であれ、
日本語という言語は必要不可欠な道具である。
その日本語のいろいろな語源や成り立ちや歴史、特徴などを
知って生きたいなと思っている。

「素粒子物理学」は、それにより、
大宇宙の始まりを推察できて、我々人類を成り立たせる
自然の永遠普遍の根本原理のようなものを垣間見ることが
できることに、知れば知るほど、興味が深くなる。
もともと文系の私は数学はあまり強くないが、
それを数学的にきちんと理解できるようになりたいなと
思っている。
これまで、その素粒子物理学において、
量子力学と特殊相対性理論を統合した
ディラック方程式を理解を深めようとしてきたが、
係数に行列があったりして、何度か挑戦しては、
途中で未理解のまま終わってしまうことを繰り返しているが、
何度もしていくうちに徐々に少しずつ理解が深まっている。
ディラック方程式により陽電子という反物質の存在が予言され
発見され、宇宙創成のビックバン理論につながるものである。
50歳までに、それを含めた物理数学を理解を深めたいと
思っている。

生活の糧のための仕事をしながら、楽習社の作業として、
50歳までに
日本語をはじめとする言語について」と
「素粒子物理学」の理解を深める人生を送りたいと
思っている。





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