言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
みんなのプロフィールSP



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



街路樹伐採予告が貼られていて・・・歩行者が街路樹を踏んで樹木を傷つけたりして、木の腐食が進行しているという

今日は、2016年(平成28年)9月25日 日曜日

昨日、西宮市の自宅近くの歩道を歩いていると
街路樹の木に「伐採予告」が貼られていた。

街路樹伐採予告 160924_1525~001

今津西線道路の臨港線の交差点から
国道43号線の間の歩道に植樹されている
神樹(しんじゅ)の木々のうち
私が見るところで4本の神樹に貼られていた。

内部の腐食が進み倒木防止のためということだ。

西宮市内の他の地区でも
倒木の恐れがある神樹を伐採しているようである。

街路樹の倒木により歩行者が巻き込まれて
死亡する事故が広島であったが、
そのようなこともあってか、
倒木の可能性がある街路樹伐採を進めているのだろか。

全国的に
街路樹の腐食が予想以上に進んでいるという。

その原因として2つあるという。

1つ目が、街路樹の植樹環境。
街路樹が植樹されているところは
排水溝や道路などに囲まれ自由に根がはれず
そのため樹木を維持するための十分な養分が
とれないからである。

2つ目が、細菌による腐食。
歩行者が根を踏んだり、また、自転車など立てかけたりして、
そのため街路樹に傷がつき、そこからキノコなどの細菌が
進入して、樹木を腐食させてしまうからである。

街路樹倒木事故のリスクを防ぐためにも
歩道を利用する私たちが樹木を傷つけないように
することが重要である。

まあ、まちの空間に潤いと彩をもたらす
街路樹が伐採されるのは寂しさを感じますね。





スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


9月22日の秋分の日の年は、2043年まで、夏季オリンピックイヤーと重なる

今日は、2016年(平成28年)9月22日 木曜日

ということで、日本では、今日は「秋分の日」で祝日。
あれ!秋分の日は、9月23日ではなかろうか?
と思う方々も多いかもしれない。

秋分の日の定義は、
太陽が秋分点を通過する日である。

さて、その秋分点とは何ぞや?
その説明にあたり、「天球」というものから説明が要る。

天球とは、地球から見た空を一つの球体とみなした球体である。
そして、その天球上を太陽が1年かけて、1週するように見える。

その天球上の太陽の通り道を「黄道」と言うが、
その黄道は、天球上の天の赤道とは約23.4度傾いているが、
その黄道が黄道が北から南へ交わる方の点のことを「秋分点」と呼ぶのである。

さて、その「秋分点」を通過する日が、
2016年は9月22日になるので、
今年2016年の秋分の日は
9月22日になるのだ。

9月22日が秋分の日になるのは、
2012年以来4年ぶりである。

前回の2012年の秋分の日は、
実はなんと1896年(明治29年)以来
116年ぶりの9月22日の「秋分の日」であった。

*ちなみに明治時代から昭和22年まで、
「秋季皇霊祭」という祝日名であった。


さて、今年の2016年は
2012年以来4年ぶりの
9月22日の秋分の日であるが、

あっ!4年に1回ということは、

そう、今後しばらくは4年に1回の
夏季オリンピックイヤーと同じ年に
秋分の日になるのである。

次のオリンピックの
東京オリンピックが開催される
2020年も、秋分の日は9月22日である。

2043年まで、西暦年を4で割って、余りが0(ゼロ)となる
年のみ、つまり、夏季オリンピックイヤーと同じ年のみ
秋分の日が9月22日となる。

2044年から2075年までは、
4年のうち2年は、9月22日が秋分の日となり、
そして、2076年から2099年までは
4年のうち3年は、9月22日が秋分の日となる。

ちなみに、9月24日が秋分の日になることがあるが、
21世紀中にはない。
次に9月24日が秋分の日になるのは2103年である。
そうなると、1979年以来124年ぶりとなる。

テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術


辺野古基地訴訟高裁判決、沖縄県敗訴の判決文読んだら、核のゴミを嫌がる地方自治体に押し付けることができる論理を司法が認めているようなもんだな

今日は、2016年(平成28年)9月19日 月曜日

沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設をめぐって、
前沖縄県知事の仲井真知事の埋め立て承認を
現在の知事の翁長雄志沖縄県知事が取り消したことを
国がその取り消しを止めるように訴えた訴訟で
高裁判決で
沖縄県が敗訴して、国が勝訴したが、
その判決要旨を見て、
もし、皆が嫌がる迷惑施設、たとえば、
核のゴミと言われる
放射性物質の使用済み核燃料の永久貯蔵施設を
ある地方自治体に押し付けることが可能になると
思える文言があった。

それは以下の通りである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地域特有の利害ではない必要性の乏しい、また住民の相違であるとして
「40都道府県」の全ての知事が埋め立て承認を拒否した場合、
国防・外交に本来的権限と責任を負うべき立場のある国の不合理とは言えない
判断が覆されてしまい、国の本来的事務について
地方公共団体が国の判断に優越することになりかねない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、地方住民が圧倒的に多数が反対であっても

国が決めたことには従えと司法が認めているようなものである。
これは司法判断として確定して判例となってしまえば、

先に説明したように、原発から排出される高濃度の放射性物質の
使用済み核燃料の永久貯蔵施設を地方のどこかに強引に押し付ける
ことができる根拠にされる可能性がある。

地方自治に関わっている方々は、
その判決要旨のその文言に関して、
他人事とは思わないほうがいいと思うし、
また、普通に地方自治体に暮らしている我々
他人事ではないと思ったほうがいいと思う。

ちなみに、辺野古新基地に賛成した仲井真前知事が
その埋め立てを承認したのは、
辺野古新基地反対を公約にして当選した翁長雄志氏に
知事選挙で落選した後に、残りの任期中に
駆け込みで承認したものであった。




テーマ:地方行政と政治 - ジャンル:政治・経済


おしろい花の花言葉は「小心」・・・・人目を避けて夕化粧

今日は、2016年(平成28年)9月12日 月曜日

一昨日の夕刻近くの16時30分過ぎ、
西宮市今津の自宅近くにある
飲食店沿いを歩いていると、
おしろい花(白粉花)が咲いていた。

おしろい花 160910_1636~001

おしろい花は、
花が咲き終わった後にできあがる
米俵のような黒い実をつぶすと
白粉(おしろい)のような粒が出てくる。
女の子たちはそれを水に溶かして、
白く手に塗ったり遊んだりして、
おしろい遊びに使っていた。

そのようなことから「おしろい花」
という名が付けられたそうだ。

この「おしろい花」という表記は
江戸時代の博物学者である貝原益軒の文献に
あり、彼がその名付け親であるという説がある。

さて、この花は、南米の熱帯原産で
江戸時代に渡来したようである。

おしろい花の学名は、
Mirabilis jalapa(ミラビリス ヤラッパ)

Mirabilisは、ラテン語で、「不思議な」「すばらしい」
という意味がある。
jalapaは、メキシコの地名である。

さて、一昨日の16時過ぎに花がさいているのを見かけた
このおしろい花を翌日の午前8時30分ごろをみかけると
既にしぼんでいた。

実は、このおしろい花は
夕方の16時ごろ以降に花を咲かせ、
翌朝に花はしぼんでしまうのだ。

夕方以降に花を咲かすので、
「夕化粧」という和名がついている。

また、イギリスでは夕方4時以降に咲く花ということで、
「four‐o’clock(フォーアクロック)という名がつけられている。

さて、このおしろい花の花言葉は
「小心」であるが、それは、
夕方から翌朝という人目があまりない夜に咲かす様子が
まるで、人目を避けているように見えるので、
「小心」という花言葉ができたようだ。


テーマ:花ことば  - ジャンル:学問・文化・芸術


神経、その語源・・・杉田玄白が翻訳のために編み出した造語・・中国伝統医療→杉田玄白→現代中国近代医療

ヒトを含めた動物などの体内にある情報伝達機能を有する
組織を「神経」というが、この「神経」という表現は、
18世紀の江戸時代に西洋医学の翻訳書である
解体新書を作成した杉田玄白による造語である。

当時の日本ではオランダから西洋医学の知識がもたらされていて、
オランダ語の「zenuw(ゼニュー)」の翻訳として
「神経」という表現が造られた。

さて、どうして、「神経」という表現に訳されたのか。

それは、中国の伝統医療の用語を参考にしたものである。

まず「神経」の「神」には、
気や精神という意味がある。

そして、神経の「経」には、
精神や血の通り道という意味がある。

つまり、気や精神の通り道という意味で
「zenuw(ゼニュー)」の訳語として、
杉田玄白は、「神経」という表現を造語したのだ。

そして、杉田玄白が中国の伝統医療の用語を参考に
造られた「造語」という表現が、
中国の近代医学の用語として、
現代中国で使用されている。

テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術