言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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学校がそんなに絶対的なところなのか?権力は個人の幸福追求をそんなに妨害したいのか?「アイドル活動の娘を中学校に通わせず 母親を書類送検」というニュースより、近代自由思想の「愚行権」と日本国憲法第13条を思う

今日は、2017年(平成29年) 1月20日 金曜日

学校がそんなに絶対的なところなのか?
これは権力の横暴ではないか?
権力は個人の幸福追求をそんなに妨害したいのか?

と思ったニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アイドル活動の娘を中学校に通わせず 母親を書類送検
(NHKニュース 2017年1月18日 16時28分)

アイドル活動をしている娘を中学校に通わせず、教育委員会の指導にも応じなかったとして、
44歳の母親が学校教育法違反の疑いで書類送検されました。
母親は「芸能活動を優先させてやりたかった」と話しているということです。

(中略)

娘はライブやインターネットへの動画の投稿などでアイドル活動をしていて、
母親は「娘が学校に行きたくないと言うので、芸能活動を優先させてやりたかった」と
話しているということです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はこの母親はとても立派だと思う一方で、
教育委員会と警察の杓子定規ぶりというか、
特に教育委員会の自らの不登校の生徒に学校の魅力を
示すことが出来ないという無能を反省せず、
警察検察の権力を使って
母親を犯罪者にしようとする強権的な振る舞いに
驕りを感じ腹が立った。

このアイドル活動に夢中の女子生徒を無理やり学校に行かせても
つまらなく感じる授業に居眠りをするか
授業中におしゃべりをして授業の妨害をすることになりそうだ。
また、同じ不登校状態の生徒でも、
家でひきこもって自らの可能性を閉じ込めているよりは
自分の可能性を開こうとしてアイドル活動という場に
生きがいを感じて活発に活動している方がよほど健全だと思う。
そんなことも教育委員会の頭の固い役人気質のどうしようもない
輩には考えつかなかったのだろう。

そして、義務教育を15歳までに終わらせるということは
絶対的なのか?
その年齢に時に、中学校に行きたくないと思っても、
20歳を超えて、義務教育を受けることができるような
夜間中学のような仕組みを作ればいいじゃないかと思ったりする。

今回のニュース報道を読むと、
この中学生の母親が学校に無理やりいやがって行かせるよりも
アイドル活動で活き活きしている方が幸せに見えたのではなかろうか?

そのような幸せに見える娘の振る舞いを理解しようとした
母親を犯罪者にしてしまおうとする国家権力のなんと恐ろしいことよ。

権力の濫用を阻止して国民の権利を守るために憲法なるものがあるが、


日本国憲法第13条に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、
立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。公共の福祉に反しない限りというのは、他人の人権を侵害しないという
意味だ。

ただ学校に行かないというだけで、嫌いな学校よりも
生きがいを感じるアイドル活動をする娘とその娘を理解して学校に
無理に行かせようとしなかった母親の行動が誰かの人権を侵害したり
しているのだろうか?

学校に行くことに幸福を見出せず、学校に行くことよりも
アイドル活動に生きがいを感じている娘とそれを理解する母親は
その親子なりの幸せのかたちを試行錯誤して追い求めていたのではないか?

つまり、この親子にとっては、学校に無理しても通うことに
幸福追求の価値を見出せなかったということかもしれない。

それなのに、学校に行くことに幸福追求の価値や魅力があることを示せないという
教育委員会が自らのその無能さを省みず、警察権力と使って
その母親を犯罪者に仕立て上げようとするのはなにごとか!!!
けしからん!!!
このニュースを読んだ時、怒り沸騰したわ!

まあ、この親子の振る舞いを愚かだと思う人もいるだろう。
そのように思うのも人それぞれで自由であるが、
愚かな行いをするのも他人の権利を侵害しない限りは良いという
「愚行権」という概念を提示したのが、
イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル(1806年~1873年)である。
彼が1859年に発表した「自由論」の中で、「愚行権」が提唱されている。

この「愚行権」の思想と同様のものとして
日本国憲法第13条の幸福追求権があるのだ。

この愚行権は、近代国家の憲法の本義の、
政府の権力濫用を防ぐことで
国民の基本的人権を守るという意味でも
重要な概念だと思っているが、
そのような観点からも、
不登校でアイドル活動をしていた娘に理解を示した母親を
罰金という財産権の侵害という基本的人権を侵害する
可能性がある刑事告発をした教育委員会の輩は
近代自由思想の教養のかけらもない野蛮人だと思った。


このブログ内の関連記事

ホテルで乱交パーティをした自衛官夫婦を公然わいせつで逮捕したことは憲法違反で、重大な人権侵害である・・・イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの「愚行権」をマスコミ関係者はどれだけ知っているのだろうか。

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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術


思わぬ些細な気遣いには嬉しさを感じるもの・・・とても寒い日にいつもいくカフェに入ったら

今日は、2017年(平成29年) 1月15日 日曜日

昨日は、強い西高東低の冬型の気圧配置で、
とてもとても寒かった。

そのようさ寒さと関係なく外出して、
週末にいつもいく西宮市某所のカフェに
フレーバーティを飲もうと入った。

席に着くと、はじめにお水が出てくるが、
「さ湯でもいたしますか?」
と店員の方に言われた。

外がとても寒い中、
そのような思わぬ気遣いに嬉しさを感じる
ものであった。

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


桑田佳祐と氷室京介が共演して一緒に歌う超豪華な音楽の番組が1986年にあった。そのバックバンドにBOØWYとKUWATA BANDやアルフィーの高見沢がいて、ローリングストーンズの名曲「夜をふっとばせ」を歌う

今日は、2017年(平成29年) 1月 9日 月曜日

桑田佳祐と氷室京介が共演して一緒に歌うという
超豪華な音楽の番組があった。
当時、中学1年生だった私は、その2人が
共演している様子を見て、「すげえ」と思った。

それは、昭和61年(1986年)のクリスマス番組での
特番であった。

当時、21歳の吉川晃司が桑田佳祐に「多くのミュージシャンが集まる企画をしよう」
と言い出し、それによって作られた番組が
昭和61年12月24日に日テレ系で放送された
「メリー・クリスマス・ショー」 (Merry X'mas Show) である。
スタジオの生放送と様々なミュージシャンがカバー曲を歌うVTRを
混ぜて放送された。

その番組に吉川晃司に誘いにのって
参加したのが、当時人気絶頂へ駆け上がっていた
BOØWYである。

その番組の中で、ロッケストラという
ロックのオーケストラという意味のコーナーがあり、
そのVTRで、4名のヴォーカルがいた。

その4名は

桑田佳祐、氷室京介、吉川晃司、アンルイス

であった。

そのバックバンドの面子は

○BOØWY
 ・布袋寅泰(ギター)
 ・松井恒松(ベース)
 ・高橋まこと(ドラム)

○KUWATA BAND
 ・今野多久郎(パーカッション)
 ・河内淳一(リードギター)
 ・松田弘(ドラム、彼はサザンオールスターズのドラムでもある)
 ・琢磨仁(ベース)
 ・小島良喜(キーボード)

という2つのバンドメンバーがいて、
他にギターとして
 ・高見沢俊彦(THE ALFEE)
 ・鮎川誠
 ・DEKAPAN(依田稔)。彼は、アンルイスのバックギターを勤めていた。

そして、コーラスに、米米CLUBの「SUE CREAM SUE」が参加。

以上の面子だが、まあ、すごい超豪華メンバーのロッケストラで
ローリングストーンズの
「Let's Spend the Night Together(夜をぶっとばせ)
をアレンジして歌っていた。

リハーサルなしで一発で録画したVTRだとも言われる。
このVTRの途中、画面右下のワイプに
生放送のスタジオで、このVTRを見ていた
ユーミンが、曲に合わせて身体を踊らせながら乗っている様子が
映っている。

このVTRは
Merry X'mas Show 1986_12 Let's Spend the Night Together
https://www.youtube.com/watch?v=uunfR1ygV4w

で見れます。削除される前にぜひ




テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


風になりたい(川村ゆうこ)・・・♪~覚えているのは 煙草の香りと私を離した時のすきま風~♪

今日は、2017年(平成29年) 1月 8日 日曜日

今回紹介したいお気に入りの曲は
昭和51年(1976年)4月25日に発売された
川村ゆうこの「風になりたい」である。

この曲の作詞作曲は吉田拓郎、
編曲は後にユーミンと結婚する松任谷正隆である。

昭和48年生まれの私が
この曲を初めて知ったのは川村ゆうこのオリジナルではなく、
この曲を平成18年にカバーした我那覇美奈のカバーバージョンで
あった。当時よく聴いていたFM802で我那覇美奈の
「風になりたい」が放送されて、「いい曲だな」と思った。
そして、オリジナルの川村ゆうこの「風になりたい」を
知った。

川村ゆうこがこの「風になりたい」で、
デビューする時「5人目のフォーライフ」というキャッチフレーズが
使われた。

「フォーライフ」は昭和50年に
吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげる・小室等のフォークシンガー4名で
設立されたレコード会社で、その5人目の所属アーチストということで
川村ゆうこを吉田拓郎がプロデュースしたのであった。

さて、この曲の歌詞の1番は、ある男を愛する女性が
愛する男に抱かれても、近づききれないものを
感じるという内容であるが、
特に1番の後半の

♪~抱きしめられても あなたをつかめない
覚えているのは 煙草の香りと
私を離した時の すきま風~♪


の部分で、特に最後の

私を離した時の すきま風

というフレーズは、愛する男に近づききれない
切なさをこれ以上の表現はあるのか!と思え、
すごい!と思った。

その部分の歌詞を
私がよく通うカフェのママに説明したら
彼女も「私を離した時の すきま風」に強く反応して

うおお~、タクロウウウウウウ!!!

とやや興奮ぎみに言い放った。


この「風になりたい」は
のちに吉田拓郎はセルフカバーしている。

また、我那覇美奈以外でカバーしているのは
中ノ森BAND
(吉田拓郎のオマージュ映画「結婚しようよ」の中で『カオリ&スリーキャンディーズ』名義でカバー)
沢田聖子、真心ブラザーズである。



風になりたい   作詞 吉田拓郎

白い雨が 街中濡らして
もうすぐ朝です 少し寒い
長い髪を 伝わる雫が
頬をかすめて 手のひらに落ちた
愛されたいから ふるえていました
抱きしめられても あなたをつかめない
覚えているのは 煙草の香りと
私を離した時の すきま風

通り過ぎる あなたが風なら
私も今すぐ 風になりたい

どうぞ誰か 私のからだを
包んで下さい 一人はきらい
傘を棄てて かくしてほしい
冷えた心を あなたにあげます
やさしくされたら ゆれてしまいそう
追いかけたくても 一人で残ります
悲しむことより 想い出作りに
私は今でも 時を送りたい

通り過ぎる あなたが風なら
私も今すぐ 風になりたい

通り過ぎる あなたが風なら
私も今すぐ 風になりたい
私も今すぐ 風になりたい


風になりたい 川村ゆうこ
https://www.youtube.com/watch?v=EblZBbEY8zw




テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


「正月」という表現は、古代中国の春秋時代からある・・・正しい暦を定めることは国の長である王の役目

今日は、2017年(平成29年) 1月 1日 日曜日

年の初めを「正月」と言うが、
その「正月」という表現は、
古代中国の春秋時代に遡る。


その時代について書かれた歴史書「春秋」に
年の初の月について「正月」と記述されている。

どうして、1月のことを「正月」と表現するように
なったのかについてはわからない。

「正」という文字に「頭(かしら)」とか「長(おさ)」という
組織のトップを意味する内容があるが、そこから
1年の最初の月を「正月」と表現するようになったのか?
それはわからない。

ただ、中国において、
為政者の役目に、天文現象を観測して人民に正しい時季を
授けることがある。

国の長である為政者は天文観測に基づき暦の基準となる
1年の最初の月を定め、「正月」と表現されている。

元日のことを「正朔(せいさく)」とも表現される。
「正」は年の初め、「朔」は月の初めの意を意味している。

「正朔を奉ず」という表現があるが、それは
古代中国で、新しい王が立てば暦を改めたことから
その王が定めた暦を認めるということは、
その王に服することになるので、
その統治に服する意味で「正朔を奉ず」の表現が
用いられた。

古代中国の王朝の
夏・殷・周はそれぞれ独自の暦を用いたとされ、
周は冬至日を含む月を「正月」としたとされている。

歴史書「春秋」では
魯(ろ)の国の隠公元年(紀元前722年)からの歴史が記載
されているが、その魯の王は周の暦に従っていたとされている。


ちなみに「春秋」は儒教の祖である孔子であるという説がある。



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